雪が降っていた。
舞うように、渦を巻いて、
雪が降っていた。
吐いた息が白く煙ってその軌跡を乱した。
ちいさな霧は一瞬で消え、また元の通りに雪が舞うように渦を巻いて降った。
その様子を裕一はただながめた。
長いあいだそうしていた。
視界がふと駅前広場中央の時計台をとらえた。針の示す時間は二時四十分。待ちあわせの時間まで、あと二十分。
――もうそんな時間か……
裕一は天を仰いだ。
明るい灰色の空から白い
その様子から目が離せなくなった。
このままずっとこうしていなければならないような気がした。
そうしなければこの街で暮らすなんて許されないような気がした。
――でも、どうして……?
忘れかけていた街の見覚えのある景色の中で、忘れてしまった記憶の痕を持て余しながら、裕一は雪の降る空をただ見あげていた。
「あれえ」
おっとりしたその声と共に、少女が視界の端にあらわれた。不思議そうな顔で裕一を見おろす。
「どうしてもう着いてるの? もしかして、一本電車早かった?」
「ああ」
裕一は首をめぐらせて少女を見た。
コートに身を包んだ少女は駅の改札の方に目を向けていた。
「どうしてこんな外のベンチで待ってたの? 待合室ならまだすこしあったかいよ」
「ああ」
「……寒くない?」
「……寒い」
少女は祐一に顔を向きなおらせた。
「雪、積もってるよ」
「……ああ」
「もしかして、ずっとここで待ってたの?」
「……ああ」
無愛想で投げやりな裕一の言葉に少女はくすっと笑った。
「ちょっと待ってて」
言うなり駅へと駆けだした。ドアを開けて中に入り、すこしして出てくると走って戻ってくる。息を乱した様子もなく裕一の横に立つと、少女は手に持つ缶コーヒーを差しだした。
「はい、これ。七年振りの再会のお祝い」
「……これだけ?」
熱いくらいの缶を受け取りながらそう言うと少女は笑った。
「家に帰ればお母さんがごちそう作って待ってるよ」
そしてすこしまじめな顔になって裕一の顔を見つめた。
「私の名前、まだ覚えてる?」
「ああ」
思いがけずきれいになっていたいとこの顔から視線をそらすようにうつむき、缶を開けて一口飲んだ。熱が喉を流れて消える。
「……花子」
「違うよ〜」
「次郎」
「私、女の子……」
とまどうような言葉を聞きながら祐一は立ちあがった。空いているほうの手で脇に置いておいたおおきなバッグを持ち、少女に目を向ける。
「ありがとう。缶コーヒー、おいしいよ。
さあ、行こう。連れていってよ、名雪の家まで」
うれしそうに少女はにっこりと笑った。
「――うん」
そして両腕を広げていった。
「ようこそ、この街へ。歓迎します、相沢祐一君」
雪の中、二人は肩を並べて歩きだした。
七年間の空白を埋めるための最初の一歩を。