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"Kanon" One of another - D.B.C. Compact mix

1

 寒さに目が覚めた。
 ――なんだ?
 慣れない感覚に上半身を起こした瞬間、冷気に襲われてあわてて布団をかぶった。ぱちぱちとまばたいて目をこらす。薄暗い部屋の中、瞳に写ったのは見慣れない布団に見慣れない天井――
 そこでようやく、水瀬家に引っ越してきて迎えたはじめての朝だということに思いあたった。
 布団から出るのには勇気がいった。しかし住み慣れた家とは違いぐずぐずしていても居心地のよさは感じられなかった。祐一は思い切って布団を出ると勢いをつけてカーテンを開けた。
「……寒いわけだ」
 晴れた空の下、外は一面雪で覆われていた。

「あら、おはようございます、裕一さん」
 一階におりるとキッチンで洗い物をしていた秋子叔母さんが祐一に気づいて微笑んだ。
「おはようございます……」
 あいさつがなんとなくうしろめたい感じになったのはもう朝というよりは昼に近い時間だからだった。暖房を入れて部屋と体を温め、それから着替えをして身支度をする――それだけのことにどうしでだかいやに時間をかけてしまっていた。もちろんそもそも起きた時間が遅かったわけだが。
 そんな祐一の気分を察したのか、シンクに向かったままで秋子叔母さんは言った。
「もっとゆっくりしててもよかったんですよ。疲れてるでしょう?」
「いや、まあ、そういうわけにもいきませんから」
 殺風景な部屋の中を思いかえしながら祐一はダイニングのテーブルに腰かける。送った荷物は昨日のうちに届いていることを確認していた。すべて一階の廊下の奥に積みあげてあったが。水瀬家には女手しかないので力仕事を頼むわけにはいかない。まずはあのダンボール箱を二階の間借りした部屋に運ぶことからはじめなければ。
 なんとなく今日の活動方針が決まったところで祐一はあたりを見まわした。
「……名雪は? お出かけですか?」
 この寒いのに、とは言わずにおいた。
「あの娘、部活なんですよ。今日で冬休みも終わりだっていうのに、忙しいわよねえ」
 おっとりしたしゃべりかたは名雪とそっくりだった。そういえば昨日も制服姿で部活の帰りだって言ってたな、と祐一は思いかえした。
「でも今日はお昼で終わりだって言ってましたから、帰ってきたら一緒にご飯食べましょう。それまですこし待っててくださいね」
「はい」
 嫌も応もなかった。居候の分際で惰眠をむさぼる自分が悪い。リビングに移ろうと祐一は立ちあがった。
 そこで大事なことに気づき、秋子叔母さんの背中に目を向けた。
「あの……仕事は?」
 微笑む気配が伝わってきた。
「今日もお休みです。冬休み最後の日ですし、祐一さんもまだ落ちつかないでしょうから」
「……すみません」
「気にしてはいけませんよ。私が好きでやっているんですから」
 秋子叔母さんの声は明るかった。祐一はちいさく頭を下げてリビングに向かった。
 そう、昨日も秋子叔母さんは勤めを休んで祐一を迎えてくれたのだ。名雪の言うとおりごちそうを用意して。三人はよく食べてよくしゃべった。もっとも母子のタッグにかなうはずもなく、祐一はもっぱら聞き役にまわっていたのだが。
 おかげで祐一はどうしても秋子叔母さんに敬語を使うのをやめてもらえなかった。
「いけませんよ、祐一さん。祐一さんは私のお姉さんの大事な息子さんなんですから」
 何度かあげた祐一の抗議はそのたびにそうやわらかにかわされた。しまいにはそのうち変わるだろうとあきらめて祐一もわざわざ言うのをやめたのだが、この様子ではどうやらしばらくはこの調子で続きそうだった。
 ちょっとした居心地の悪さをお尻のあたりに覚えながら祐一はリビングで座って新聞を広げてみた。
 ――テレビのチャンネル数が少ない……
 ――地名がなんだか見慣れない……
 ――予想最高気温がマイナス!?
 たたんで元に戻すころには自分がどれだけ遠くに来たのかを嫌というほど思い知らされていた。
 ――いつまでこの街で暮らすことになるんだろう……
 ふとそんなことを思う。高校を卒業するまではまちがいないだろう。しかし、その先は……? 思いがけずこの街に来ることになったように、また思いがけずどこかへ行くことになるのだろうか……?
 とりとめもなくそんなことを思いながら、荷物のかたづけをする気にもなれず。しばらくぼんやりとテレビを見ていた。
 CMになったのを機になんとなく外に目を向けたら暗くなっていた。
「あれ?」
 窓際に立ってみると、なんと雪が降っていた。斜めに、かなり強く。
 思わず見とれているとうしろから声がした。
「雪、めずらしい?」
 振りかえると名雪がリビングの入口に立っていた。近づいてきて隣に立つ。
「いや、だって……さっきまで晴れてたのに……」
「こっちじゃめずらしくないよ。晴れてた空があっというまに曇って雪になるの。覚えてない?」
 言って、名雪は祐一を見あげた。
「ただいま」
「もしかして、この雪の中を帰ってきたのか?」
「うん」
 名雪の顔をまじまじと見つめ、それから祐一は黙って視線を窓の向こう側に戻した。さっきまで頭で考えていた、生まれ育った場所から遠く離れたという事実を一気に実感として理解したような気がした。
「今日の雪はちょっとご機嫌斜めだね」
 同じように外を見ながら名雪が言った。
「雪の降りかたにもそんな違いがあるのか?」
「あるよ。すっごくおこってるとかなんだか拗ねてるみたいな感じとか。
 昨日の雪はやさしい感じだったでしょ?」
「……そうかな……」
「そうだよ。だってそうじゃないとあんなふうに外になんていられないもん」
 祐一は名雪に視線を移した。名雪はおもしろそうに笑顔を浮かべていた。
「ゆっくり休めた?」
「え? あ、ああ、おかげさまで」
「そう。よかった」
 なぜだかほっとした表情を見せ、名雪はキッチンへと向かった。
「ただいまー。お母さん、手伝うよー」

 そういつまでものんびりとしてはいられない。昼食を終えた祐一はすぐに荷物のかたづけをはじめた。
 はじめてすぐに祐一は後悔を覚えた。
(……もっと捨てればよかった……)
 まとめるときはあれも必要これも必要となんでもかんでも詰めこんだのだが、いざ出すという段になるとめんどくさくてしかたがなかった。我ながら勝手なものだと思う。
 しばらく悪戦苦闘しているとノックの音がした。
「祐一ー、入っていい?」
「どーぞ」
 応えると名雪はすぐに入ってきて部屋の中を見まわした。
「うわあ……足の踏み場もないってこのことだね」
「まったくだ」
 祐一は手に持っていた靴下をベッドの上に放り投げる。床の上は開いたダンボール箱やその中から出したさまざまな荷物で占められていた。中央に陣取った祐一の座る場所以外に隙間はほとんどない。
「手伝おうか?」
「……いや、いい」
 見られたくないものを見られたりしてもこまる。
「じゃあ、気分転換に出かけない?」
 その言葉に祐一はあらためて名雪を見た。
「お母さんにお買いもの頼まれたんだ。いっしょに行こうよ」
「どこまで?」
「商店街まで」
「どれくらいかかる?」
「片道二十分くらいかなあ。あとはお買いものの時間」
 祐一はちょっと考えた。
「……でも、雪がなあ……」
「もうやんでるよ」
「え?」
 言われて窓の外に目を向けると名雪の言葉どおり外に雪の影はなかった。片づけに集中していて気づかなかったらしい。
 たしかに整理にはうんざりしてきたころあいだったし、買いものくらいは一人でできるようにもなっておきたかった。
「そうだな。つきあうよ」
「うん」
 名雪はうれしそうにうなずいた。

「……寒い」
 自分でも馬鹿みたいだと思ったが、実際に外に出てみるとやっぱりそれが最初に出てくる言葉だった。
「冬だからね」
 続いて玄関から出てきた名雪の声がうしろから聞こえた。
「でもまだ昼間なのにこんなに……」
「これからもっと寒くなるよ」
「は?」
 思わずふりかえる。名雪は祐一を追い越して門の外に出た。
「ほら、行こうよ」
「――はあ……」
 祐一は名雪を追いかけて歩きだした。

「どう? このあたりの景色は。見覚えがあったりしない?」
 さくさくと雪を踏んで歩きながら名雪が言った。
「そうだなあ。どうかなあ」
 慎重に歩を進めながら祐一は答えた。慣れない雪道は油断するところんでしまいそうで、再会したばかりのいとこの前でそんな姿は見せたくなかった。
「そうだよね。七年ぶりだもんね。
 でもきっとそのうちいろいろ思いだすよ」
 名雪の口調は明るかった。祐一はなんとなく応える気になれずただあたりを見まわした。
 子供のころはよくこの街を訪れた。里帰りみたいな感じで一週間くらいお邪魔していたこともあった。
 原っぱや森や雪遊びが楽しくて裕一はただはしゃいでいただけだったが、いまから思えば旦那さんを早くに亡くした秋子叔母さんへの両親なりの気遣いだったのだろう。やがて家のほうがそれどころではなくなり、裕一はすっかりこの街から遠ざかってしまっていた。
 その祐一が、家の事情でふたたびこの街を訪れ暮らすようになるというのも考えてみれば皮肉なものだった。
 祐一は空を見あげて白い息を吐いた。
 ふと横を見ると名雪が何か言いたげな顔で祐一を見ていた。けれど結局何も言わなかった。

「お買い物にもつきあってくれる?」
 スーパーの前まで来たところで名雪は祐一に訊いた。
「うーん……よかったら、すこしこのあたり見てまわりたいんだけど」
「そう言うと思った。じゃあ――」
 名雪は腕時計に視線を落とした。「三十分後にここで待ちあわせしようよ」
「了解」
「……って、祐一、時計持ってるの?」
「時計はないけど、ほら、ここに――」
 コートのポケットに手をつっこみ、祐一は目的のものがないことに気づいた。
「――携帯があるはずなんだけど、ないな」
「へー、祐一、携帯持ってるんだ。いいなー」
「おふくろに持たされただけだよ。だから忘れたりするんだ、きっと」
「でもうらやましい……けど、それじゃ時間わからないよね」
「まあ大丈夫だろ。時計もそのへんの店にあるだろうし」
「うん、そだね。じゃあ三十分後にこの場所で。約束だよ」
 ちいさく手を振って名雪はスーパーの中に入っていった。
「さて……」
 誰にともなくつぶやき、祐一は商店街を歩きだした。
 すこし歩いただけで昔とだいぶ様子が変わっているという感じがした。
 なんといっても人通りが少ない。そのせいかシャッターを閉めている店も多い。そんな目で見るからかアーケード越しに射しこむ陽射しもどことなく影って見えたし、通りに流れている音楽もなんだかもの悲しく聞こえた。
(……もっとにぎやかだったような気がするけどなあ……)
 歩きながら祐一はそう思わざるを得なかった。そう、もっと母子連れが多くて、子供たちが走りまわっていて――
「――そこの人、どいて、どいてっ!」
「――はあ?」
 うしろから聞こえてきた声にふりかえろうとした瞬間、なにかに体あたりをかまされた。祐一はなすすべもなくその場に横向きに派手に倒れた。
 何が起きたのかよくわからずにいるとつぶやきが聞こえた。
「……うぐぅ、痛いよう……」
「下敷きになった俺よりはましだと思う……」
 思わずつぶやきながらとりあえず顔だけを起こす。と、上になっているつぶやきの主と目があった。まだあどけなさの残る少女だった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
 言って立ちあがろうとし、地面についた手をすべらせてまた祐一の上に倒れこむ。右腕に紙袋を抱えているせいでバランスをとり損ねたようだった。
「……うぐぅ……」
「……頼むから落ち着いて立ってくれないか? 俺をクッション代わりにするのはやめにして」
「……ごめんなさい……」
 言って、今度は慎重に、少女は立ちあがった。その背中でなにかが揺れた。
(――羽?)
 見慣れない光景に立ちあがろうとしていた祐一は動きを止めた。
 と、祐一が見ている前で少女はうしろをふりかえった。その背中に揺れているのはたしかに羽――のかたちをした飾りものだった。
「――あっ!」
 と、突然そうちいさく叫んで少女は立ちあがりかけていた祐一のコートの袖をつかんだ。
「えっ? おい、ちょっと――」
「とりあえず話はあとっ!」
 有無を言わせない勢いで少女は袖を引っぱって走りだした。つられるかたちで祐一は少女の後を追いかけた。
 少女が目指したのはすぐ脇のファーストフード店だった。中に入って奥の席を確保する。
「普通のお客さんを装って!」
 先に座った少女はそう小声でいうと祐一のうしろに目を向けた。
 そんな様子で普通の客に見えるわけがない、そう思ったがただならない雰囲気なので口には出さなかった。おとなしく向かいの席に座り、振りかえって少女の視線の先を追いかけてみる。
「――あっ!」
 少女はふたたびちいさく叫んだ。
 店の外にあらわれたのは気のよさそうなおやじだった。薄くなった頭にエプロン姿。怒ってるようなこまってるような顔であたりを見まわしている。
「あいつに追いかけられてるのか?」
 視線を戻して訊くと、少女は紙袋を胸元にぎゅっと抱いたままうなずいた。
「なんで?」
「しっ!」
 少女は店の外から視線を逸らさない。祐一はなんとなく天井を見あげた。カウンターの向こう側からこちらに向けられている店員の視線はあえて無視した。
「……はあ」
 気の抜けたようなその声に祐一は視線を戻した。少女は一目でわかるくらいはっきりと緊張を解いていた。
「行ったのか?」
「うん」
 応えながら立ちあがって店の外へと歩く。店員の存在を無視して祐一も後に続いた。
 外に出てみるとあのおやじがとぼとぼと戻っていく背中が見えた。心なしか肩を落として疲れたような雰囲気をかもしだしていた。
「……こわかったよお……」
 少女は胸に抱く紙袋をまたしっかりと抱いた。
 その脇に立って祐一は言った。
「それで? なんで追いかけられてたんだ?」
「……それは言えないよ……」
 おやじの背中を見送りながら少女は言う。その姿を横目で見ながら祐一はずばりと指摘した。
「その紙袋と関係あるんだな?」
「――ぜ、ぜんぜん、そ、そんなこと、ないよ!」
 祐一の横からぱっと離れ、少女は紙袋をかばうようにして言った。あきらかに動揺していた。
 ――わかりやすい奴だ。
 だんだんからかうのがおもしろくなってきて祐一は言葉を続けた。
「そんなことないってことはないだろ? そんなに大事そうに抱えてるんだから。それとも、その背中の羽を追いかけてきたっていうんならたしかに話は別だけど」
「――はね?」
 今度はきょとんとした顔になって少女は祐一を見た。「はねって、なに?」
「いや、その……」
 祐一は少女の背中を指差す。少女は肩越しに振りかえるとうれしそうに笑った。
「あ、ほんとだ。かわいいはね〜」
 言葉にあわせてぴょこぴょこと羽が揺れる。どうやら背負っているリュックにくっついているらしかった。
「これ、最近のはやりなんだよ。知らない?」
 知らないし聞いたこともなかったが、こっちのほうではそうなのかもしれないと祐一はあえて口には出さなかった。
「とにかく、羽じゃないとするのはあやしいのはその紙袋しか考えられない。違うか?」
「……うぐぅ……」
 少女はこまった顔になって上目づかいで祐一を見る。表情がころころ変わって見ていて飽きなかった。背の高さや声の調子からするとずいぶん年下だろうか。
「そういえばあのおやじ、エプロンしてたな。なんでだ?」
「……たいやき屋さんだからだよ……」
「……その中身はたいやきか?」
 少女はこまった顔のままこくんとうなずいた。
「……どういうことなんだ?」
 しばらく少女はためらっていたが、やがてうつむいたまま話しはじめた。
「大好きなたいやき屋さんがあって……たくさん注文したところまではよかったんだけど……お金を払おうと思ったら財布がなくて……それで、つい……」
 少女の言葉そこで途切れた。
 祐一はあっけにとられて少女をながめた。
「……見かけによらず大胆なことをする奴だな」
「だ、だってだって、お金あると思ってたんだもん! おなかすっごく空いてたんだもん! それに、あとでちゃんとお金払うもん!」
 声をあげて少女は食いさがるように祐一を見た。その表情は真剣で、たしかに反省している様子が感じられた。
 祐一はたいやき屋のおやじが去っていったほうを見た。もしかしたら立て替えてやったほうがいいんじゃないかと思って。しかし本人がこう言っているのだから余計なことはしないほうがいい気もした。
「じゃあ、明日にでもちゃんと――」
 言いながら視線を戻すと、少女はたいやきをほおばっていた。
 目があうと少女はさっきまでとは打って変わった気楽さで言った。
「たいやきは焼きたてがいちばんだよね」
 脱力感を覚えて祐一はただ少女を見つめた。
 と、何を勘違いしたのか少女はたいやきを口にくわえたまま袋からもう一匹のたいやきを取りだして祐一に差しだした。
「ふぁい、おふふぉわふぇ」
 そのあまりに素直な様子に祐一はついたいやきを受けとっていた。
「……じゃあ、これはありがたくいただくから、そのかわり今度ちゃんとお金払うんだぞ」
「うん!」
 口をもぐもぐさせながら少女は元気に応えた。
 そのまま二人で路上でたいやきを食べた。なんだか奇妙になつかしい感じがした。
「――はあ、おいしかった」
 やがて全部食べ終えると少女は心から満足したようにそう言った。
「お金払うの忘れるなよ」
 続いて最後の一口を食べ終えて祐一は言った。
「うん!」
 元気よくそう答え、少女はあらためて祐一を見た。
「ありがとう、助かったよ。じゃあ、ボクはこれで!」
 声をかける間もなく少女は駆けだす。しばらく行ってからふりかえり、
「また会えるといいね!」
 そう言って去っていった。
 そのうしろ姿を祐一はなんとなく手を振って見送った。
 やがて姿が見えなくなったところでようやく気がついた。
 約束の時間はとっくに過ぎているだろうことに。

「……うそつき」
 戻ってみると名雪がすねていた。
「ごめん」
 あやまりながら、ふと思った。
 前にも同じことがあったような気がする。

 名雪のご機嫌をとりながら荷物を持ったりして家まで戻ってきたときにはもう夕暮れも終わりに近かった。
 途中秋子叔母さん特製の夕食をありがたくいただいたりしながら十時過ぎくらいにはなんとか部屋の中も人が住める程度には片づけることができた。といっても出すのがめんどくさくなったものやとっちらかって整理がつかなくなりそうなものは全部ダンボール箱に詰めこんだままで、その箱を部屋の隅に積んだ結果空間ができたというだけなのだが。
 ベッドの端に腰かけ、しばらく祐一はそのダンボール箱の山をぼんやりとながめた。
 ――もう一日早く来ればよかった。
 いまさらあとの祭りなのだが、そう思わずにはいられなかった。
 祐一は決断を迫られていた――目覚し時計をどうするか。
 いいかげん疲れたので今日はさっさと寝ようと決めたところで、目覚ましを出すのを忘れていたことに気づいたのだった。いや、もしかしたらそもそも荷物の中に入れ忘れた可能性もある。そしたらいくら荷物をあさっても徒労だ。
 祐一は脇に置いていた携帯電話に目を向けた。こいつのアラーム機能に頼るのは今日の疲れ具合を考えると危険な気がした。
 ……なんてことを考えるのもめんどうになり、祐一はさっさと寝ることにした。電話のアラーム機能の時刻をセットして枕元に置く。それからさっさと服を着替え、暖房を消して布団の中に潜った。
 あっというまに眠れそうな気がしたが、なぜか商店街で出会った少女の姿が脳裡に浮かんだ。
 ――ヘンな奴だったな。
 そう思った瞬間、なぜだか落ち着かない感じを味わった。
 その理由を考える前に祐一は眠りに沈んでいた。

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