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"Kanon" One of another - D.B.C. Compact mix

エピローグ

 外に出たとたん冷たい風が顔を舐めて通りすぎた。
 祐一はまわれ右してちょうど玄関から出てきたところの名雪とぶつかった。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
「部屋に戻って寝る」
「今日始業式だよ〜」
「四月なのにこんなに寒いなんて詐欺だ」
「私にしてみればこの時期に桜が咲いているほうが作りものみたいだよ〜」
 名雪は祐一の上着の袖をつかんで放さない。祐一はなさけない顔で名雪を見た。名雪は満面の笑みを浮かべて言った。
「人間あきらめが肝心だよ、祐一」
 ため息をつき、首を何度も横に振って、祐一は名雪といっしょに門の外に出た。しぶしぶと。

「あのさあ、ちょっと聞きたいんだけどさあ」
 学校までの道も半ばといったところで祐一は口を開いた。今日はめずらしく余裕があるおかげで足どりものんびりとしている。薄曇の空もまだしばらくは機嫌を損ねないでいてくれそうだった。
「なあに?」
 例のごとくおっとりした調子で名雪が聞きかえす。その横顔を祐一は横目でじろっと見た。
「ここしばらくずっと考えてたんだけど……秋子叔母さんも名雪も、あゆのこと、知ってたんじゃないのか?」
 名雪は飛びすさるようにして祐一から離れて距離を取った。
「わ、私はなんにも知らなかったよ。ほんとだよ。あゆちゃんともあのときはじめて会ったんだし。
 ……お母さんは薄々感づいてたみたいだけど」
 祐一はしばらくじとっとした目つきで名雪をにらみつけた。
 それからうつむいて盛大なため息をついた。
「まったく、かなわないよなあ、あの人には」
「そりゃあ、だって私のお母さんだから」
「おまえが言うなよ、おまえが」
 祐一はもう一度息をつく。ちょうど校舎の影が見えてきたところだった。

 二年から三年のクラスは持ちあがりで変化なし、担任も変化なしだった。というわけで始業式といっても特に変わったこともなく、ホームルームもちょっとしたあいさつと連絡事項の伝達がすむと早々に終わった。最上級生になったという実感はまだない。これからじわじわと感じることになるのか、先輩も後輩もいない裕一にはよくわからなかった。
「さて、じゃあ帰るかな」
 誰にともなくつぶやいてからかばんを机の上に置いたとき、おおきな声が教室に響いた。
「――あ、あのっ! すいませんっ! 美坂香里さんはいらっしゃいますかっ!」
 教室にいた人間全員の注目がうしろのドアに集まった。
 声の主はドアに半ば身を隠すようにして中の様子をうかがっていた。リボンの色は青――新一年生だ。
 真っ先に反応したのは名雪だった。
「栞ちゃん! ひさしぶり!」
 声をあげて小走りに駆け寄っていく。栞はほっとした顔になって全身を見せた。なぜかおおきなカバンを下げていた。
「あ、名雪さん。おひさしぶりです」
「学校来られるようになったの? よかったね」
「はい。一年生やりなおしですけど」
「聞いてよ名雪、この子ったら今日あたしといっしょに学校でお弁当食べるって言ってきかないのよ。まだ始業式なのに」
 言ったのは香里だった。わざとみたいにゆっくり歩いて二人に近づき、両手を腰にあててしかめっ面をしてみせる。
「まったくもう。本当に強情なんだから」
 目が笑っていた。
「なになに、お弁当? 俺にもすこし分けてよ」
 いつのまにか近づいていた北川が香里のうしろから声をかける。栞はうれしそうに微笑んだ。
「あ、はい、どうぞ。たくさん作ってきましたから」
「いいなあ、私も食べたいなあ」
 名雪はもの欲しそうな目で栞のカバンを見つめた。
「食べたきゃ食べてっていいぞ。俺は一人で先に行ってるから」
 言いながら祐一はカバンを持ってみんなが集まるドアに近づいた。名雪はふりかえって祐一を見る。
「えー、でもそれって祐一に悪いよ」
「……祐一さんはいっしょに食べていってくださらないんですか?」
 栞はすこし悲しげな目で祐一を見た。
「ああ、ちょっと用があって早く帰らなきゃいけないんだ。それにみんなに毒見してもらってからのほうが安全だし」
「……そんなこと言う人、嫌いです」
 栞は頬をふくらませた。
「相沢君、人の妹をあんまりからかうもんじゃないわよ」
「ははっ、悪い悪い。今度あらためて食べさせてもらうよ。じゃ、俺はお先に。名雪、ゆっくりしてっていいぞ。またあとでな」
「うん、ありがとう、祐一」
 名雪の言葉に空いてるほうの手を軽くあげ、祐一は教室を出た。

 その姿は遠くからでも一目でわかった。
 商店街の入口に所在なげに立っていた。落ちつかない様子であたりを見まわし、かぶっている帽子に手をあてて何度も何度も位置を調整する。サイズをまちがえたのか帽子はかなりおおきいようで、そのせいか似あっているとはとても言えなかった。一歩まちがえると不審人物ととられてもしかたないような雰囲気だった。
 そんなにきょろきょろとしているのに自分を見つけそうな気配がなかったので祐一はわざと道の端を歩いてそっと近づいた。
 案の定気づかれなかったのですぐうしろに忍び足で接近して声をひそめて言った。
「なにやってるんだ、おまえは」
「わっ、わわっ、わっ」
 おおげさに声をあげて二、三歩前につんのめり、なんとかころばずに踏みとどまるとあゆはふりかえって祐一を見た。
「もう祐一君、おどろかせないでよ」
「俺は別におどろかせてないよ。あゆが勝手におどろいたんだろ?」
「いじわる言わないでよ、もう」
 あゆは口をへの字に曲げた。
「まあまあ、いいじゃないかこれくらい。それで、なんでそんなに帽子を気にしてるんだ?」
「え? 見てたの?」
 あゆははっとした顔になって帽子に手をあてた。
「見てたも何も、はっきり言ってめだってたぞ。不審人物とまちがえそうになったくらいだ」
「ボク、不審人物じゃないよ」
「そりゃ俺はわかってるけど、でも知らない人が見たらどう思うかな。ひっきりなしにあたりを見まわして帽子ばっか気にしてる女の子なんてのはさ」
「……うぐぅ……」
 あゆは顔を伏せた。
「なんで帽子をそんなに気にするんだ?」
 あゆは上目づかいで祐一を見た。
「……笑わない?」
「ああ、笑わない」
「本当に笑わない?」
「本当に本当に笑わない。約束する」
「本当に?」
「くどいぞ、あゆ。さあ、とりあえず言ってみろ」
「う、うん……実は……」
 言いにくそうにあゆはもじもじとする。そんなしぐさはまだ子供のままだった。祐一は息を飲んで続きを待った。
「……床屋さんで髪の毛切ってもらったら、切られすぎた」
 思わず吹きだし、そのまま祐一は声をあげて笑った。
「――もう! 絶対に笑うと思ってたけど、笑いすぎだよ!」
「いや、だって、なんで床屋なんだ? 美容院に行けばいいじゃないか」
「……だってボク、床屋さんしか行ったことないもん」
「――ああ、そうか」
 裕一は手を伸ばしてあゆの頭をぽんぽんと叩いた。帽子越しに。
「そうだよな。じゃ、今度名雪にでも連れてってもらえよ。きっともっと男前になれるぞ」
「なりたくないよ! ボク、女の子だよ!」
「女の子は普通ボクなんて言わない」
「……うぐぅ」
「うぐぅ、とも言わない」
「うぐ……祐一君、もしかしてボクのこといじめてる?」
 祐一は答えずに笑いながらあゆの頭をぽんぽんと叩いた。いまこうして二人でいられる喜びを噛み締めながら。
「さ、そろそろ行くか。秋子叔母さんがごちそう用意して待ってるってさ。わざわざ仕事休んで作ってくれたんだから、よく味わって食べろよ」
「――うん! ねえ、たいやきあるかな?」
「おまえはうまいものって言うとたいやきしか思い浮かばないのか? もっといろいろうまいものがあるって」
「へえー、そうなんだ。うん、ボクがんばっていっぱい食べるよ」
 他愛ない言葉を交わしながら二人は並んで歩きだした。
 背中に背負ったリュックにもう羽はなかった。

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