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降順   更級日記を読む

63
姪にひかれて出仕 内裏に潜入
参りそめし所にも、かくかきこもりぬるを、まことともおぼしめしたらぬさまに人々も告げ、たえず召しなどするなかにも、わざと召して、若い人参らせよ、と仰せらるれば、えさらず出だし立つるにひかされて、また時々出で立てど、過ぎにし方のやうなるあいなだのみの心おごりをだにすべきやうもなくて、さすがに、若い人にひかれて、をりをりさし出づるにも、

馴れたる人は、こよなくなにごとにつけてもありつき顔に、われはいと若人にあるべきにもあらず、またおとなにせらるべきおぼえもなく、時々のまらうとにさし放たれて、すずろなるやうなれど、ひとへにそなた一つを頼むべきならねば、われよりまさる人あるもうらやましくもあらず、なかなか心やすくおぼえて、さんべきをりふし参りて、つれづれなるさんべき人と物語などして、めでたきことも、をかしくおもしろきをりをりも、わが身はかやうにたちまじりいたく人にも見知られむにも、はばかりあんべければ、ただ大方のことにのみ聞きつつ過ぐすに、

内裏の御供に参りたるをり、有明けの月いと明かきに、わが念じ申す天照大神は内裏にぞおはしますなるかし、かかるをりに参りて拝みたてまつらむ、と思ひて、四月ばかりの月の明かきに、いと忍びて参りたれば、博士の命婦は知るたよりあれば、燈籠の火のいとほのかなるに、あさましく老い神さびて、さすがにいとよう物など言ひゐたるが、人ともおぼえず、神のあらはれたまへるかとおぼゆ。


62
まめやかなるさまにさてもありはてず
そののちは、なにとなくまぎらはしきに、物語のこともうちたえ忘られて、ものまめやかなるさまに心もなりはててぞ、

などて、多くの年月を、いたづらにて臥し起きしに、おこなひをも物詣をもせざりけむ。このあらましごととても、思ひしことどもは、この世にあんべかりけることどもなりや、光源氏ばかりの人はこの世におはしけりやは、薫大将の宇治に隠し据ゑたまふべきもなき世なり。あなものぐるほし、いかによしなかりける心なり、

と思ひしみはてて、まめまめしく過ぐすとならば、さてもありはてず。


61
結婚 思ひしことのつゆもかなはぬ
かう立ち出でぬとならば、さても宮仕への方にもたち馴れ、世にまぎれたるも、ねぢけがましきおぼえもなきほどは、おのづから人のやうにもおぼしもてなさせたまふやうもあらまし。親たちも、いと心得ず、ほどもなく籠め据ゑつ。
さりとて、その有様の、たちまちにきらきらしき勢ひなどあんべいやうもなく、いとよしなかりけるすずろ心にても、ことのほかにたがひぬる有様なりかし。

幾千たび水の田芹を摘みしかは思ひしことのつゆもかなはぬ

とばかりひとりごたれてやみぬ。


60
宮の御仏名に召しあれば
十二月二十五日、宮の御仏名に召しあれば、その夜ばかりと思ひて参りぬ。
白き衣どもに、濃き掻練をみな着て、四十余人ばかり出でゐたり。しるべし出でし人のかげに隠れて、あるが中にうちほのめいて、暁にはまかづ。雪うち散りつつ、いみじくはげしく冴え凍る暁がたの月の、ほのかに濃き掻練の袖にうつれるも、げに濡るる顔なり。道すがら、

年は暮れ夜は明け方の月影の袖にうつれるほどぞはかなき


「げに濡るる顔なり」は、次の歌を踏まえたもの。

あひにあひて物思ふころのわが袖に宿る月さへ濡るる顔なり   伊勢


59
前の世のこと夢に見るは
ひじりなどすら、前の世のこと夢に見るはいとかたかなるを、いとかう、あとはかないやうに、はかばかしからぬここちに、夢に見るやう、

清水の礼堂にゐたれば、別当とおぼしき人出で来て、そこは、前の生に、この御寺の僧にてなむありし。仏師にて仏をいと多く造りたてまつりし功徳によりて、ありし素姓まさりて人と生れたるなり。この御堂の東におはする丈六の仏は、そこの造りたりしなり。箔をおしさして亡くなりにしぞ、と。あないみじ、さは、あれに箔おしたてまつらむ、と言へば、亡くなりにしかば、こと人箔おしたてまつりて、こと人供養もしてし、

と見てのち、清水にねむごろに参りつかうまつらましかば、前の世にその御寺に仏念じ申しけむ力に、おのづからようもやあらまし、いと言ふかひなく、詣でつかうまつることもなくてやみにき。


58
十日ばかりありてまかでたれば
十日ばかりありて、まかでたれば、父母、炭櫃に火などおこして待ちゐたりけり。車より降りたるをうち見て、おはする時こそ人めも見え、さぶらひなどもありけれ、この日ごろは人声もせず、前に人影も見えず、いと心ぼそくわびしかりつる。かうてのみも、まろが身をばいかがせむとかする、とうち泣くを見るもいと悲し。つとめても、今日はかくておはすれば、内外人多く、こよなくにぎははしくもなりたるかな、とうち言ひて向かひゐたるも、いとあはれに、なにのにほひのあるにか、と涙ぐましう聞こゆ。


57
師走になりてまた参る
師走になりて、また参る。局して、このたびは日ごろさぶらふ。上には、時々、夜々ものぼりて、知らぬ人の中にうち臥して、つゆまどろまれず、恥づかしうもののつつましきままに、忍びてうち泣かれつつ、暁には夜深くおりて、日ぐらし、父の老いおとろへてわれをことしも頼もしからむかげのやうに思ひ頼み向かひゐたるに、恋しくおぼつかなくのみおぼゆ。母亡くなりにし姪どもも、生れしより一つにて、夜は左右に臥し起きするも、あはれに思ひ出でられなどして、心もそらにながめ暮らさる。立ち聞き、かいまむ人のけはひして、いといみじくものつつまし。


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かめゐ
かめhr @ pluto.dti.ne.jp