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降順   更級日記を読む

84
功徳も作らずなどしてただよふ
昔より、よしなき物語、歌のことをのみ心にしめで、夜昼思ひておこなひをせましかば、いとかかる夢の世をば見ずもやあらまし。初瀬にて前のたび、稲荷より賜ふ験の杉よ、とて投げ出でられしを、出でしままに稲荷に詣でたらましかば、かからずやあらまし。年ごろ、天照大神を念じたてまつれ、と見える夢は、人の御乳母して、内裏わたりにあり、帝、后の御かげにかくるべきさまをのみ、夢解きも合はせしかども、そのことは一つ叶はでやみぬ。ただ悲しげなりと見し鏡の影のみたがはぬ、あはれに心憂し。かうのみ心に物の叶ふ方なうてやみぬる人なれば、功徳も作らずなどしてただよふ。


83
夫の死
今は、いかでこの若き人々おとなびさせむと思ふよりほかのことなきに、かへる年の四月にのぼり来て、夏秋も過ぎぬ。

九月二十五日よりわづらひ出でて、十月五日に夢のやうに見ないて思ふ心地、世の中にまたたぐひあることともおぼえず。初瀬に鏡奉りしに、伏しまろび泣きたる影の見えけむは、これにこそはありけれ。うれしげなりけむ影は、来しかたもなかりき。今ゆく末はあべいやうもなし。

二十三日、はかなく雲けぶりになす夜、去年の秋、いみじく仕立てかしづかれて、うち添ひて下りしを見やりしを、いと黒き衣の上にゆゆしげなるものを着て、車の供に泣く泣く歩み出でてゆくを見出して、思ひ出づる心地、すべてたとへむかたなきままに、やがて夢路にまどひてぞ思ふに、その人や見にけむかし。


82
人魂の立ちて
二十七日に下るに、をとこなるは添ひて下る。紅の打ちたるに、萩の襖、紫苑の織物の指貫着て、太刀はきて、しりに立ちて歩み出づるを、それも織物の青鈍色の指貫、狩衣着て、廊のほどにて馬に乗りぬ。ののしり満ちて下りぬるのち、こよなうつれづれなれど、いといたう遠きほどならずと聞けば、さきざきのやうに心ぼそくなどはおぼえであるに、送りの人々、またの日帰りて、いみじうきらぎらしうて下りぬ、など言ひて、この暁に、いみじく大きなる人魂の立ちて、京ざまへなむ来ぬる、と語れど、供の人などのにこそはと思ふ。ゆゆしきさまに思ひだによらむやは。


81
夫の門出
世の中に、とにかくに心のみ尽くすに、宮仕えとても、もとは一筋に仕うまつりつかばやいかがあらむ、時々立ち出でば、なになるべくもなかめり。年はややさだ過ぎゆくに、若々しきやうなるもつきなうおぼえならるるうちに、身の病いと重くなりて、心にまかせて物詣などせしこともえせずなりたれば、わくらばの立ち出でも絶えて、長らふべきここちもせぬままに、幼き人々をいかにもいかにもわがあらむ世に見おくこともがな、と臥し起き思ひ嘆き、頼む人のよろこびのほどを、心もとなく待ち嘆かるるに、

秋になりて待ちいでたるやうなれど、思ひしにはあらず、いと本意なくくちをし。親のをりよりたちかへりつつ見しあづま路よりは近きやうに聞こゆれば、いかがはせむにて、ほどもなく下るべきことどもいそぐに、門出は、むすめなる人のあたらしくわたりたる所に、八月十余日にす。後のことは知らず、そのほどの有様はものさわがしきまで人多くいきほひたり。


80
和泉に下る
さるべきやうありて、秋ごろ和泉に下るに、淀といふよりして、道のほどのをかしうあはれなること、言ひつくすべうもあらず。

高浜といふ所にとどまりたる夜、いと暗きに、夜いたう更けて、舟の楫の音聞こゆ。問ふなれば、遊女の来たるなりけり。人々興じて、舟にさし着けさせたり。遠き火の光に、単衣の袖長やかに、扇さし隠して、歌うたひたる、いとあはれに見ゆ。

またの日、山の端に日のかかるほど、住吉の浦を過ぐ。空も一つに霧りわたれる、松の梢も、海の面も、浪の寄せくる渚のほども、絵にかきても及ぶべき方なうおもしろし。

いかに言ひ何にたとへて語らまし秋のゆふべの住吉の浦

と見つつ、綱手ひき過ぐるほど、返り見のみせられて、あかずおぼゆ。

冬になりてのぼるに、大津といふ浦に舟に乗りたるに、その夜、雨風、岩も動くばかり降りふぶきて、かみさへ鳴りてとどろくに、浪の立ちくる音なひ、風の吹きまどひたるさま、おそろしげなること、命かぎりつと思ひまどはる。
丘の上に舟を引き上げて、夜を明かす。雨はやみたれど、風なほ吹きて、舟出ださず。ゆくへもなき丘の上に、五六日と過ぐす。からうじて風いささかやみたるほど、舟の簾まき上げて見わたせば、夕潮ただ満ちに満ち来るさま、とりもあへず、入江の鶴の声惜しまぬもをかしく見ゆ。国の人々集まり来て、その夜この浦を出でさせたまひて、石津に着かせたまへらましかば、やがてこの御舟なごりなくなりなまし、など言ふ、心ぼそう聞こゆ。

荒るる海に風よりさきに舟出して石津の浪と消えなましかば


79
西へゆく月
同じ心に、かやうに言ひかはし、世の中の憂きもつらきもをかしきも、かたみに言ひかたらふ人、筑前に下りてのち、月のいみじう明かきに、かやうなりし夜、宮に参りて会ひては、つゆまどろまずながめ明かいしものを、恋しく思ひつつ寝入りにけり。宮に参りあひて、うつつにありしやうにてあり、と見て、うちおどろきたれば、夢なりけり。月も山の端近うなりにけり。覚めざらましを、といとどながめられて、

夢さめて寝覚の床の浮くばかり恋ひきと告げよ西へゆく月


78
同じ心なる人
うらうらとのどかなる宮にて、同じ心なる人、三人ばかり物語などして、まかでてまたの日、つれづれなるままに、恋しう思ひ出でらるれば、二人の中に、

袖ぬるる荒磯浪と知りながらともにかづきをせしぞ恋しき

と聞こえたれば、

荒磯はあされど何のかひなくてうしほに濡るる海人の袖かな

いま一人、

みるめ生ふる浦にあらずは荒磯の浪間かぞふる海人もあらじを


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かめゐ
かめhr @ pluto.dti.ne.jp