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43
山里に隠し据ゑられて、心細げに待ち見などこそせめ
かやうに、そこはかなきことを思ひつづくるを役にて、物詣をわづかにしても、はかばかしく、人のやうならむ、とも念ぜられず、このごろの世の人は十七八よりこそ経よみ、おこなひもすれ、さること思ひかけられず、からうじて思ひよることは、いみじくやむごとなく、かたち有様、物語にある光源氏などのやうにおはせむ人を、年に一たびにても通はしたてまつりて、浮舟の女君のやうに山里に隠し据ゑられて、花紅葉月雪をながめて、いと心ぼそげにて、めでたからむ御文などを時々待ち見などこそせめ、とばかり思ひつづけ、あらましごとにもおぼえけり。


44
はるかに遠きあづまになりて父の嘆き
親となりなば、いみじうやむごとなくわが身もなりなむなど、ただゆくへなきことをうち思ひすぐすに、親からうじて、はるかに遠きあづまになりて、

年ごろは、いつしか思ふやうに近き所になりたらば、まづ胸あくばかりかしづきたてて、率て下りて、海山のけしきも見せ、それをばさるものにて、わが身よりも高うもてなしかしづきてみむとこそ思ひつれ、
われも人も宿世のつたなかりければ、ありありてかくはるかなる国になりにたり。
幼かりし時、あづまの国に率て下りてだに、ここちもいささか悪しければこれをやこの国に見捨ててまどはむとすらむと思ふ、ひとの国のおそろしきにつけても、わが身一つならば、安らかならましを、
ところせう引き具して、言はまほしきこともえ言はず、せまほしきこともえせずなどあるがわびしうもあるかなと心をくだきしに、
今はまいて、おとなになりにたるを率て下りて、わが命も知らず、京のうちにてさすらへむは例のこと、あづまの国、田舎人になりてまどはむ、いみじかるべし。
京とても、たのもしう迎へとりてむと思ふ類親族もなし。
さりとて、わづかになりたる国を辞し申すべきにもあらねば、京にとどめて、永き別れにてやみぬべきなり。京にも、さるべきさまにもてなしてとどめむとは、思ひよることにもあらず、

と夜昼嘆かるるを聞くここち、花紅葉の思ひもみな忘れて、悲しく、いみじく思ひ嘆かるれど、いかがはせむ。


45
父の出立、秋の別れ
七月十三日に下る。五日かねては、見むもなかなかなべければ、内にも入らず。まいて、その日はたち騒ぎて、時なりぬれば、今は、とて簾を引き上げて、うち見あはせて涙をほろほろと落して、やがて出でぬるを見送るここち、目もくれまどひて、やがて伏されぬるに、とまる男の送りして帰るに、懐紙に、

思ふこと心にかなふ身なりせば秋の別れをふかく知らまし

とばかり書かれたるをも、え見やられず。事よろしき時こそ腰折れかかりたることも思ひつづけけれ、ともかくも言ふべきかたもおぼえぬままに、

かけてこそ思はざりしかこの世にてしばしも君に別るべしとは

とや書かれにけむ。

いとど人めも見えず、さびしく心ぼそくうちながめつつ、いづこばかりと明け暮れ思ひやる。道のほども知りにしかば、はるかに恋しく心ぼそきことかぎりなし。明くるより暮るるまで、東の山際をながめて過ぐす。


46
太秦に詣づる道に男車二つばかり
八月ばかりに、太秦にこもるに、一条より詣づる道に、男車、二つばかり引立てて、物へ行くにもろともに来べき人待つなるべし、過ぎて行くに、随身だつ者をおこせて、

花見に行くと君を見るかな

と言はせたれば、かかるほどのことはいらへぬも便なし、などあれば、

ちぐさなる心ならひに秋の野の

とばかり言はせて過ぎぬ。

七日さぶらふほども、ただあづま路のみ思ひやられて、よしなし事からうじてはなれて、平らかにあひ見せたまへ、と申すは、仏もあはれと聞き入れさせたまひけむかし。


47
荻の枯葉
冬になりて、日ぐらし雨降り暮らいたる夜、雲かへる風はげしううち吹きて、空晴れて月いみじう明かうなりて、軒近き荻の、いみじく風に吹かれてくだけまどふがいとあはれにて、

秋をいかに思ひ出づらむ冬深み嵐にまどふ荻の枯葉は


48
子しのびの森
あづまより人来たり。

神拝といふわざして国のうち歩きしに、水をかしく流れたる野のはるばるとあるに、木むらのある、をかしき所かな、見せで、とまづ思ひ出でて、ここはいづことか言ふ、と問へば、子しのびの森となむ申す、と答へたりしが、身によそへられていみじく悲しかりしかば、馬より降りて、そこにふた時なむながめられし。

とどめおきてわがごと物や思ひけむ見るに悲しき子しのびの森

となむおぼえし、

とあるを見るここち、言へばさらなり。返りごとに、

子しのびを聞くにつけてもとどめ置きし秩父の山のつらきあづま路


49
母いみじかりし古代の人
かうて、つれづれとながむるに、などか物詣もせざりけむ。母いみじかりし古代の人にて、初瀬には、あなおそろし、奈良坂にて人にとられなばいかがせむ。石山、関山越えていとおそろし。鞍馬は、さる山、率て出でむいとおそろしや。親のぼりて、ともかくも、とさしはなちたる人のやうにわづらはしがりて、わづかに清水に率てこもりたり。

それにも、例のくせは、まことしかべいことも思ひ申されず。彼岸のほどにて、いみじう騒がしうおそろしきまでおぼえて、うちまどろみ入りたるに、御帳のかたの犬防ぎのうちに、青き織物の衣を着て、錦を頭にもかづき、足にもはいたる僧の、別当とおぼしきが寄り来て、ゆくさきのあはれならむも知らず、さもよしなし事をのみ、とうちむつかりて、御帳のうちに入りぬと見ても、うちおどろきても、かくなむ見えつる、とも語らず、心にも思ひとどめでまかでぬ。


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かめゐ
かめhr @ pluto.dti.ne.jp