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親となりなば、いみじうやむごとなくわが身もなりなむなど、ただゆくへなきことをうち思ひすぐすに、親からうじて、はるかに遠きあづまになりて、
年ごろは、いつしか思ふやうに近き所になりたらば、まづ胸あくばかりかしづきたてて、率て下りて、海山のけしきも見せ、それをばさるものにて、わが身よりも高うもてなしかしづきてみむとこそ思ひつれ、
われも人も宿世のつたなかりければ、ありありてかくはるかなる国になりにたり。
幼かりし時、あづまの国に率て下りてだに、ここちもいささか悪しければこれをやこの国に見捨ててまどはむとすらむと思ふ、ひとの国のおそろしきにつけても、わが身一つならば、安らかならましを、
ところせう引き具して、言はまほしきこともえ言はず、せまほしきこともえせずなどあるがわびしうもあるかなと心をくだきしに、
今はまいて、おとなになりにたるを率て下りて、わが命も知らず、京のうちにてさすらへむは例のこと、あづまの国、田舎人になりてまどはむ、いみじかるべし。
京とても、たのもしう迎へとりてむと思ふ類親族もなし。
さりとて、わづかになりたる国を辞し申すべきにもあらねば、京にとどめて、永き別れにてやみぬべきなり。京にも、さるべきさまにもてなしてとどめむとは、思ひよることにもあらず、
と夜昼嘆かるるを聞くここち、花紅葉の思ひもみな忘れて、悲しく、いみじく思ひ嘆かるれど、いかがはせむ。
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