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15
継母なりし人ほかに渡るとて
継母なりし人は、宮仕へせしが下りしなれば、思ひしにあらぬことどもなどありて、世の中うらめしげにて、ほかにわたるとて、五つばかりなる児どもなどして、あはれなりつる心のほどなむ忘れむ世あるまじき、など言ひて、梅の木の、つま近くていと大きなるを、これが花の咲かむをりは来むよ、と言ひおきてわたりぬるを、心のうちに恋しくあはれなりと思ひつつ、しのびねをのみ泣きて、その年もかへりぬ。いつしか梅咲かなむ、来むとありしを、さやある、と目をかけて待ちわたるに、花もみな咲きぬれど、音もせず。思ひわびて、花を折りてやる。

頼めしをなほや待つべき霜枯れし梅をも春は忘れざりけり

と言ひやりたれば、あはれなることども書きて、

なほ頼め梅の立ち枝は契りおかぬ思ひのほかの人も訪ふなり


16
乳母の死、大納言の姫君の死
その春、世の中いみじうさわがしうて、まつさとの渡りの月かげあはれに見し乳母も、三月ついたちに亡くなりぬ。せむかたなく思ひ嘆くに、物語のゆかしさもおぼえずなりぬ。いみじく泣きくらして見出だしたれば、夕日のいとはなやかにさしたるに、桜の花残りなく散り乱る。

散る花もまた来む春は見もやせむやがて別れし人ぞ恋しき


また聞けば、侍従の大納言の御むすめ亡くなりたまひぬなり。殿の中将のおぼし嘆くなるさま、わがものの悲しきをりなれば、いみじくあはれなりと聞く。
のぼり着きたりし時、これ手本にせよ、とてこの姫君の御手をとらせたりしを、

さよふけてねざめざりせば

など書きて、

とりべ山たにに煙のもえ立たばはかなく見えしわれと知らなむ

と言ひ知らずをかしげに、めでたくかきたまへるを見て、いとど涙を添へまさる。


17
うれしさぞいみじきや
かくのみ思ひくんじたるを、心もなぐさめむと心苦しがりて、母、物語などもとめて見せたまふに、げにおのづからなぐさみゆく。紫のゆかりを見て、つづきの見まほしくおぼゆれど、人かたらひなどもえせず、たれもいまだ都なれぬほどにてえ見つけず、いみじく心もとなく、ゆかしくおぼゆるままに、この源氏の物語、一の巻よりしてみな見せたまへ、と心のうちに祈る。親の太秦にこもりたまへるにも、ことごとなくこのことを申して、出でむままにこの物語見はてむと思へど見えず、いとくちをしく思ひ嘆かるるに、

をばなる人の田舎よりのぼりたる所にわたいたれば、いとうつくしう生ひなりにけり、などあはれがりめづらしがりて、帰るに、何をか奉らむ。まめまめしき物は、まさなかりなむ。ゆかしくしたまふなる物を奉らむ、とて源氏の五十余巻、櫃に入りながら、在中将、とほぎみ、せりかは、しらら、あさうづ、などいふ物語ども、一ふくろとり入れて、得て帰るここちのうれしさぞいみじきや。



はしるはしる、わづかに見つつ心も得ず心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人もまじらず几帳の内にうち臥して、引き出でつつ見るここち、后の位も何にかはせむ。昼は日ぐらし、夜は目の覚めたるかぎり、灯を近くともして、これを見るよりほかのことなければ、おのづからなどは、そらにおぼえ浮ぶを、いみじきことに思ふに、

夢に、いと清げなる僧の黄なる地の袈裟着たるが来て、法華経五の巻をとく習へ、と言ふとみれど、人にも語らず、習はむとも思ひかけず、物語のことをのみ心にしめて、われはこのごろわろきぞかし、さかりにならば、かたちもかぎりなくよく、髪もいみじく長くなりなむ、光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめと思ひける心、まづいとはかなくあさまし。


18
五月のついたちころ
五月のついたちころ、つま近き花橘のいと白く散りたるをながめて、

時ならず降る雪かとぞながめまし花たちばなの香らざりせば


19
わが宿の世をあきはつるけしき
足柄といひし山の麓に、暗がりわたりたりし木のやうに、茂れる所なれば、十月ばかりの紅葉、四方の山辺よりもけにいみじくおもしろく、錦をひけるやうなるに、外より来たる人の、今参りつる道に紅葉のいとおもしろき所のありつる、と言ふに、ふと、

いづこにも劣らじものをわが宿の世をあきはつるけしきばかりは


20
わが宿がほに花を見るかな
物語のことを、昼は日ぐらし思ひつづけ、夜も目の覚めたるかぎりは、これをのみ心にかけたるに、夢に見ゆるやう、このごろ皇太后宮の一品の宮の御料に六角堂に遣水をなむ造る、と言ふ人あるを、そはいかに、と問へば、天照大神を念じませ、と言ふと見えて、人にも語らず、なにとも思はでやみぬる、いと言ふかひなし。

春ごとに、この一品の宮をながめやりつつ、

咲くと待ち散りぬと嘆く春はただわが宿がほに花を見るかな


21
あかざりし宿の桜を春暮れて
三月つごもりがた、土忌に人のもとにわたりたるに、桜さかりにおもしろく、今まで散らぬもあり。帰りて、またの日、

あかざりし宿の桜を春暮れて散りがたにしも一目見しかな

と言ひにやる。


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かめゐ
かめhr @ pluto.dti.ne.jp