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さすがに命は憂きにも絶えず長らふめれど、後の世も思ふに叶はずぞあらむかし、とぞうしろめたきに、頼むこと一つぞありける。
天喜三年十月十三日の夜の夢に、居たる所の家のつまの庭に、阿弥陀仏立ちたまへり。さだかには見えたまはず、霧ひとへ隔たれるやうに透きて見えたまふを、せめて絶え間に見たてまつれば、蓮華の座の土をあがりたる高さ三四尺、仏の御たけ六尺ばかりにて、金色に光り輝きたまひて、御手、片つ方をばひろげたるやうに、いま片つ方には印を作りたまひたるを、こと人の目には見つけたてまつらず、われ一人見たてまつるに、さすがにいみじくけおそろしければ、簾のもと近くよりてもえ見たてまつらねば、仏、さは、このたびは帰りて、のちに迎へに来む、とのたまふ声、わが耳一つに聞こえて、人はえ聞きつけず、と見るに、うちおどろきたれば、十四日なり。
この夢ばかりぞ、後の頼みとしける。
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