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8
富士の山、清見が関
富士の山はこの国なり。わが生ひ出でし国にては西面に見えし山なり。その山のさま、いと世に見えぬさまなり。さまことなる山の姿の、紺青を塗りたるやうなるに、雪の消ゆる世もなくつもりたれば、色濃き衣に、白き衵着たらむやうに見えて、山のいただきの少し平らぎたるより、けぶりは立ちのぼる。夕暮は火の燃えたつも見ゆ。

清見が関は、片つ方は海なるに、関屋どもあまたありて、海まで釘貫したり。
けぶり合ふにやあらむ、清見が関の浪もたかくなりぬべし。おもしろきことかぎりなし。

田子の浦は浪たかくて、舟にて漕ぎめぐる。

大井川といふ渡りあり。水の世のつねならず、摺り粉などを濃くて流したらむやうに、白き水はやく流れたり。


9
富士川、黄なる物流れ来て
富士川といふは、富士の山より落ちたる水なり。その国の人の出でて語るやう、一年ごろ、物にまかりたりしに、いと暑かりしかば、この水のつらに休みつつ見れば、川上の方より黄なる物流れ来て、物につきてとどまりたるを見れば、反故なり。取りあげて見れば、黄なる紙に丹して濃くうるはしく書かれたり。
あやしくて見れば、来年なるべき国どもを、除目のごとみな書きて、この国来年空くべきにも、守なして、また添へて二人をなしたり。あやし、あさましと思ひて、取りあげて、乾して、をさめたりしを、かへる年の司召に、この文に書かれたりし、一つたがはず、この国の守とありしままなるを、三月のうちに亡くなりて、またなりかはりたるも、このかたはらに書きつけられたりし人なり。かかることなむありし。来年の司召などは、今年、この山に、そこばくの神々あつまりてない給ふなりけりと見たまへし。めづらかなることにさぶらふ、と語る。


10
ぬまじりといふ所もすがすがと過ぎて
ぬまじりといふ所もすがすがと過ぎて、いみじくわづらひ出でて、遠江にかかる。小夜の中山など越えけむほどもおぼえず、いみじく苦しければ、天ちうといふ川のつらに、仮屋造り設けたりければ、そこにて日ごろ過ぐるほどにぞ、やうやうおこたる。冬深くなりたれば、川風けはしく吹き上げつつ、堪へがたくおぼえけり。

その渡りして浜名の橋に着いたり。浜名の橋、下りし時は黒木をわたしたりし、このたびは、跡だに見えねば舟にて渡る。入江にわたりし橋なり。外の海は、いといみじく悪しく、浪たかくて、入江のいたづらなる洲どもに、こと物もなく松原の茂れる中より、浪の寄せ返るも、いろいろの玉のやうに見え、まことに松の末より浪は越ゆるやうに見えて、いみじくおもしろし。


11
八橋、ふたむら、宮路山、しかすがの渡り
それよりかみは、ゐのはなといふ坂の、えも言はずわびしきをのぼりぬれば、三河の国の高師の浜といふ。
八橋は名のみして、橋のかたもなく、なにの見どころもなし。
ふたむらの山の中にとまりたる夜、大きなる柿の木の下に庵を造りたれば、夜ひとよ、庵の上に柿の落ちかかりたるを、人々ひろひなどす。

宮路の山といふ所越ゆるほど、十月つごもりなるに、紅葉散らで盛りなり。

嵐こそ吹き来ざりけれ宮路山まだもみぢ葉の散らで残れる

三河と尾張となるしかすがの渡り、げに思ひわずらひぬべくをかし。
尾張の国、鳴海の浦を過ぐるに、夕潮ただ満ちに満ちて、こよひ宿らむも中間に、潮満ちきなば、ここをも過ぎじと、あるかぎり走りまどひ過ぎぬ。

十月つごもり(三十日):1020年11月18日


12
美濃野上の遊女、みつさかの山の麓
美濃の国になる境に、墨俣といふ渡りして、野上といふ所に着きぬ。そこに遊女ども出で来て、夜ひとよ歌うたふにも、足柄なりし思ひ出でられて、あはれに恋しきことかぎりなし。

雪降り荒れまどふに、ものの興もなくて、不破の関、あつみの山など越えて、近江の国、おきながといふ人の家に宿りて四五日あり。

みつさかの山の麓に、夜昼、時雨霰降りみだれて、日の光もさやかならず、いみじうものむつかし。

そこを立ちて、犬上、神崎、野洲、栗太などいふ所々、なにとなく過ぎぬ。
湖のおもてはるばるとして、なで島、竹生島などいふ所の見えたる、いとおもしろし。勢多の橋みなくづれて渡りわづらふ。


13
きりかけの上の丈六の仏、三条の宮の西なる所
粟津にとどまりて、十二月の二日、京に入る。暗く行き着くべくと、申の時ばかりに立ちて行けば、関近くなりて、山づらにかりそめなるきりかけといふものしたる上より、丈六の仏の、いまだ荒造りにおはするが、顔ばかり見やられたり。あはれに、人はなれていづこともなくておはする仏かなと、うち見やりて過ぎぬ。

ここらの国々を過ぎぬるに、駿河の清見が関と、逢坂の関とばかりはなかりけり。いと暗くなりて、三条の宮の西なる所に着きぬ。

十二月二日:1020年12月19日


14
ひろびろと荒れたる所
ひろびろと荒れたる所の、過ぎつる山々にも劣らず、大きにおそろしげなる深山木どものやうにて、都のうちとも見えぬ所のさまなり。ありもつかず、いみじうものさわがしけれども、いつしかと思ひしことなれば、物語もとめて見せよ、見せよ、と母をせむれば、三条の宮に親族なる人の、衛門の命婦とてさぶらひけるたづねて、文やりたれば、めづらしがりてよろこびて、御前のをおろしたる、とてわざとめでたき冊子ども、硯の箱の蓋に入れておこせたり。うれしくいみじくて、夜昼これを見るよりうちはじめ、またまたも見まほしきに、ありもつかぬ都のほとりに、誰かは物語もとめ見する人のあらむ。


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かめゐ
かめhr @ pluto.dti.ne.jp