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29
あはれいかなる別れなりけむ
乳母なりし人、今は何につけてか、など泣く泣くもとありける所に帰りわたるに、

ふるさとにかくこそ人は帰りけれあはれいかなる別れなりけむ

昔の形見にはいかでとなむ思ふ、など書きて、硯の水の凍れば皆とぢられてとどめつ、と言ひたるに、

かき流すあとはつららにとぢてけりなにを忘れぬ形見とか見む

と言ひやりたる返りごとに、

慰さむるかたもなぎさの浜千鳥なにかうき世にあともとどめむ



この乳母、墓所見て、泣く泣く帰りたりし。

昇りけむ野辺は煙もなかりけむいづこをはかとたづねてか見し

これを聞きて、継母なりし人、

そこはかと知りてゆかねど先に立つなみだぞ道のしるべなりける

かばねたづぬる宮、おこせたりし人、

住みなれぬ野辺の笹原あとはかもなくなくいかにたづねわびけむ

これを見て、兄人は、その夜おくりに行きたりしかば、

見しままに燃えし煙は尽きにしをいかがたづねし野辺の笹原


30
吉野山に住む尼君を思ひやる
雪の、日を経て降るころ、吉野山に住む尼君を思ひやる。

雪降りてまれの人めも絶えぬらむ吉野の山の峰のかけみち


31
むつきの司召のかひなきつとめて
かへる年、むつきの司召に、親のよろこびすべきことありしに、かひなきつとめて、同じ心に思ふべき人のもとより、さりともと思ひつつ明くるを待ちつる心もとなさ、と言ひて、

明くる待つ鐘の声にも夢さめて秋の百夜のここちせしかな

と言ひたる返りごとに、

暁をなにに待ちけむ思ふことなるともきかぬ鐘の音ゆゑ


32
たたくともたれかくひなの暮れぬるに
四月つごもりがた、さるべきゆゑありて、東山なる所へうつろふ。道のほど、田の、苗代水まかせたるも、植ゑたるも、なにとなく青みをかしう見えわたりたる。山のかげ暗う、前近う見えて、心ぼそくあはれなる夕暮、水鶏いみじく鳴く。

たたくともたれかくひなの暮れぬるに山路を深くたづねては来む


33
奥山の石間の水をむすびあげて
霊山近き所なれば、詣でて拝みたてまつるに、いと苦しければ、山寺なる石井に寄りて、手にむすびつつ飲みて、この水のあかずおぼゆるかな、と言ふ人のあるに、

奥山の石間の水をむすびあげてあかぬものとは今のみや知る

と言ひかけたれば、水飲む人、

山の井のしづくに濁る水よりもこはなほあかぬここちこそすれ

帰りて、夕日けざやかにさしたるに、都の方も残りなく見やらるるに、このしづくに濁る人は、京に帰るとて、心苦しげに思ひて、またつとめて、

山の端に入り日の影は入りはてて心ぼそくぞながめやられし


34
誰に見せ誰に聞かせむ山里の
念仏する僧の暁にぬかづく音の尊く聞こゆれば、戸を押しあけたれば、ほのぼのと明けゆく山際、こぐらき梢ども霧りわたりて、花紅葉の盛りよりも、なにとなく茂りわたれる空のけしき、曇らはしくをかしきに、ほととぎすさへ、いと近き梢にあまたたび鳴いたり。

誰に見せ誰に聞かせむ山里のこのあかつきもをちかへる音も


35
都には待つらむものをほととぎす
このつごもりの日、谷の方なる木の上に、ほととぎすかしかましく鳴いたり。

都には待つらむものをほととぎすけふ日ねもすに鳴き暮らすかな

などのみながめつつ、もろともにある人、ただ今、京にも聞きたらむ人あらむや、かくてながむらむと思ひおこする人あらむや、など言ひて、

山ふかく誰か思ひはおこすべき月見る人は多からめども

と言へば、

深き夜に月見るをりは知らねどもまづ山里ぞ思ひやらるる


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かめゐ
かめhr @ pluto.dti.ne.jp