|
あづま路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人、いかばかりかはあやしかりけむを、いかに思ひはじめけることにか、世の中に物語といふもののあんなるを、いかで見ばやと思ひつつ、つれづれなる昼間宵居などに、姉継母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさまされど、わが思ふままにそらにいかでかおぼえ語らむ、
いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏を造りて、手洗ひなどして、人まにみそかに入りつつ、京にとく上げたまひて、物語の多くさぶらふなる、あるかぎり見せたまへ、と身を捨てて額をつき祈り申すほどに、十三になる年、のぼらむとて、九月三日門出して、いまたちといふ所にうつる。
年ごろあそび馴れつる所を、あらはにこほち散らして、たちさわぎて、日の入り際のいとすごく霧りわたりたるに、車に乗るとてうち見やりたれば、人まには参りつつ額をつきし薬師仏の立ちたまへるを、見捨てたてまつる悲しくて、人知れずうち泣かれぬ。
「あづま路の道の果て……生ひ出でたる人」は、日記と言うよりも物語を書き始めようとする書き出しのようにも思われる。
更級少女の空想の一つであったかもしれない。数え年十三歳の少女。現代風に言うなら、小学校2年生のときに上総に下って今は六年生。この地に生まれたとする空想もあっただろうし、この地でずっと生きていく人生を想像することもあっただろう。
祈りが通じて京に上るというのも、父の任期満了は明白な事実なので、それはあえて書かずに、空想の世界を織り交ぜたのであろう。
いかばかりかはあやしかりけむを:
上総で過ごした四年間は作者の性格や感性の有り様にも大きな影響を及ぼしたに違いない。都育ちの娘たちとは違うという思いも強かったのではないだろうか。字句通りに読めば「あやしかりけむ」は引け目であり、自虐的とも見えるのだが、これを内面的な反語表現と見ることは出来ないだろうか。「あやしかりけむ」の内実、上総での経験を誇らしく思っていたと言うことだ。堂々と宣言しているように思えてきた。
【あやし】普通でない。不思議。→(都の貴族から見て不思議な)庶民の粗末な姿。田舎の人の姿。
【を】接続助詞。提示型の軽い逆接。
継母:
作者と継母の関係はすこぶる良好。「いかに思ひはじめけることにか」とあるが、継母との会話の中から、物語世界への空想を膨らませていったことに間違いはないと思われる。継母は良き教師でもある。母上と呼んでいたのだろうか。実の母親は一人都に残っている。母上は可能だが、おかあちゃんとは呼べない。父親の妻である継母に対して、おかあさんと呼ぶのも嫌味だ。おばちゃんあたりがちょうどいいのだが、継母は、お姉さんと呼びなさい、などと言っていたかもしれない。
わが思うままに:
私の望むようには誰も語れないなのか、語る側が自分で思うようには語れないなのか。後者のほうが自然であろう。
等身の薬師仏:
等身の仏となると、古着を丸めて人形を作るようにはいかない。兄と父を猛烈に責めてせがんで作ってもらったのだろう。浮彫りのような、半ば木に埋もれている仏像を思い浮かべてみた。整ってはいないが、思いのこもった薬師仏だ。
身を捨てて額をつき祈り申すほどに:
十三歳の少女のこの祈り方は、いくぶん大袈裟であり、大人の目には頬笑ましく、あるいは滑稽な姿として映るかもしれない。だが、少女は真剣なのである。真剣であればあるほど、どうしようもなく芝居がかってくるのだ。空想少女に共通する性質であろうか。赤毛のアンもそうであった。
日の入り際のいとすごく霧りわたりたるに:
少女にとっては待ちに待った門出である。薬師仏を見捨てて行く後ろめたさも、悲しさも、大きな喜びの中に包み込まれていて、ゆったりと宥めることが出来た。それを味わう余裕さえあったかもしれない。
ところが、思いがけず濃霧が立ち籠める。映画の場面として見るならば、内には薬師仏が静かに立っており、外は恐ろしいばかりの霧だ。その霧の中を出て行く。不吉な旅立ちを予感させるような場面である。もちろん、これは不吉の予兆ではない。だがこの光景は、少女の心に何かしらの変化をもたらしたに違いない。これまでゆとりの中にあった悲しみが、急に手に負えないものになってきた。
【すごし】心に衝撃を感じさせるさま。気味が悪い。鬼気迫るようだ。
【霧りわたる】動詞「霧る」の連用形と「渡る」の連語。
人知れずうち泣かれぬ:
旅立ちに涙を見せるのは不吉だと言われていた。これは「旅立ちに涙は不吉だから泣くな」と人を慰める常套句のような戒めだったのではないかとも思う。不吉だからと言って涙を堪えたり堪え切れなかったりの場面が源氏物語にもある。更級少女はこの戒めを守ろうとしたのだ。「泣かれぬ」の「れ」は自発、泣くまいとしても堪え切れなかった。
【ゆかし】行くの形容詞化。(行って)見たい、聞きたい、知りたい。
【こころもとなし】思うことがかなえられずに落ち着かないさま。思いが募っているさま。
【人ま】人のいない時。人気(ひとけ)のない間。人目のないすき。
【みそか(密か)】「ひそか」は漢文調の訓読文で用いられ、「みそか」は主に和文脈で用いられた。現代語にも「みそか事」など残っている。
【いみじ】超現代語訳すれば、「めっちゃ」とか「すんごい」とか、そんな感じか。更級日記では83回使われている。文章量の比率で見ると源氏物語のほぼ4倍。すこし気になるところ。
生ひ出で(おひいで)、宵居(よひゐ)、継母(ままはは)、額(ぬか)
三日(みか)、十三(じふさん、とをあまりみつ)
にほんごであそぼに倣って、今日の名文
「あづま路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人」
|