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音楽はどの段階で作るのか?
会社で作品制作はできるのか?
なんで毛なのか?また何で毛虫?
どんな勉強をしてきたのですか?
作品の発想はどこから?
青色が多いですが・・・。
これからどういう風になるんですか?

 

1995 (C) NAMCO LIMITED

1995年制作

Data
Producer Yasuo Ohba
Director Yasuo Ohba
Music Ayako Saso
Length 2 min 00 sec
Media Betacam SP
Exhibition
1995.3 デジタルの職人展 12人 電通ギャラリー (Japan/Ginza)
1995.5 デジタルの職人展 4人キャノンワンダーミュージアム
1995.8 SIGGRAPH Computer Animation Festival #Electronic Theater (U.S.A./Los Angles)
1995.11 NICOGRAPH Film Show (Japan)
Paper/ Media
1995.6 Media Front
1995.7 スーパーデザインニングX(玄光社)

思い出したら随時追加していきます。だいぶ忘れてしまった・・・。

Comment

 Furbleを制作後、自分では体験しなかった「展覧会」なるものに数々参加し始めて、ちょうど1995年の年が明けたころ、稲陰さんから電話があった。 内容は銀座の「電通ギャラリー」での展覧会の参加要請だった。このときは私の作品は、「Wind」と「Furble」の2作品のみ。「なんとかもう1作品ぐらいないか・・」という声を聞いて、「やってみるか!」という気持ちで作品制作に望んだ。
 正直、「Furble」制作の大変さを知っていたので、今年作品を作るなんて考えもしなかった。稲陰さんには、「Furbleに似た作品になるかも知れませんがいいですか・・・」なんてよくわからないことを口にしていた。 以前から同期のAyakoさんに「作品の音楽作ってほしいだけど・・」と頼んでいたので、音楽はすぐに決まった。このころうちのゲームでは「リッヂレーサー」がヒット。「レイブ」というジャンルが流行始めていた。Ayakoさんはこの手の音楽が大得意で有名だった。
 この作品は作り始めて思ったのだけど、Furbleで遣り残したものの集大成という感じ。Furbleの完成形かなと。前半、気持ちよいやわらかい毛の表現はできるし、後半、宗教的な絵柄になるし、いいかわるいか置いといて、意外ととんとん拍子で作品ができた。 なにせ、SIGGRAPH提出のために作品を作っていなくて、やりたい放題だったかもしれない。その後忘れたころに、SIGGRAPHの提出日が近づいているのがわかり、慌てて作品提出した。初めてELectronic Theaterに入選して感激した作品。
 タイトルだが見ていると酔ったような映像ということで「酔」。結構安易だな。ロゴ自体は「Sui」と記述していたので女性の服飾、アクセサリーメーカの「Anna Sui」とだいぶ勘違いされた。私はこのブランド知らなかったのですが街にTシャツ着ている人がたくさん見掛けてビックリ。

大場 康雄