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Monologue

. 逆順 .

[44]
2014/05/05
五月一日に誕生日の記述がない。誕生日にはビールとつまみをいくつか買ってきた。飲んで、眠った。祝うというほどのものは何もなかったが、祝う気持ちは必要だ。生まれたことをありがたいと思わなくなったら、生きている値打ちがないことになる。ささやかでも、お祝いが出来たこと、よかった。

日記を書くことの意味と危うさ、同時に自覚しておくべきである。その上で、素直な思いを表現できるようになりたいものだ。ありのままを素直に受け止めて、無理に意味を見出したりせずに、それが瑞々しいものであったならば、などと思う。そういう力を付けたいものだと思う。


[43]
2014/04/28
深田恭子のテレビドラマから手繰り寄せて、歎異抄の「善人尚もて往生をとぐいわんや悪人をや」について考えてみた。

まず、善人と悪人に分ける分別とは何なのか。もちろん、この人は善人、この人は悪人、と二つのグループに分けることは出来ない。しかし、善行を積んできた過程や悪行三昧の過程は人それぞれにあるだろう。とりあえず、その過程によって、善人であったり、悪人であったりしてもおかしくはない。

善悪の判断や罪の意識は理屈ではない。心の奥深いところにあるものだ。うまくは言えない。夢の中に現れたり、知らず知らずのうちに自身を方向付けたり、あるいは傷付けたり、そういう罪の無意識があるのだと思う。悪行の業はこのような無意識の罪の意識を伴う。

罪の無意識によって傷つくことは罪の償いになるのか。傷そのものが償いになるとは思えないが、その傷によって気付くものがあるだろう。罪の無意識は比較的容易に罪の意識へつながるのかもしれない。どこまで明確な意識かは分からないが、この意識を持つ者が悪人だとすれば、「いわんや悪人をや」もなんとか理解できる。少し強引だが、とりあえず考えたことのメモである。

罪を償うということ。

罪は償って、マイナス状態から抜け出さなければならない。地獄の業火はそのためにある。ここで焼き尽くされれば帳消しになる、なればいいと思う。地獄の業火の底で仏様が手を差し伸べていてくださる、そう信じて焼かれなければならない。

地獄で焼かれる前に、生きているうちに、焼かれることもあると思う。生前地獄などと言ってみる。焼かれて身奇麗になれると思うのは虫の良い考えだろうか。しかし、そうとでも思わなければ苦しい思いには耐えられない。身奇麗になれる、報われると思って耐えていれば、そこに祈りの気持ちが生まれる。地獄の苦しみによって人は浄化されるのだと思う。

 うつくしくなれた気がする白萩の白に呼ばれたやうな気がする

この地獄の業火に焼かれるのではなく、善行を積んで罪を埋め合わせることは可能なのだろうか、などと考えていたら、善行も苦しみを伴うような気がして来た。涼しげな顔をした、いかにも善人らしい善行とはまた別物の、切羽詰った行為としての善行があるように思う。テレビドラマ「サイレントプア」の深田恭子の生き方がまさにそうである。

善悪の判断は無意識の世界にあると先ほど書いた。本能的なものだ。本能とは野性である。善悪の判断は野性的なものと言うことが出来る。これは人間に限ったものではない。群れを作って生活する種が進化の過程で獲得した本能である。殺さないこと、弱いものをいたわること、これは食欲や性欲と同等の本能である。もちろん、後天的な、社会的なものも表面には存在する。しかしそのような大脳的なものはほんの表面に過ぎない。表面の薄皮のようなものである。基本は、先験的であり、意識されないものであり、小脳に支配される本能なのだ。

それでは残虐性や嗜虐性は何処から来るのか、これも本能かもしれない。正確なことは分からないが、何らかの防衛本能と関わるようにも思われる。だが本能の問題は主要なテーマではない。罪の意識が何処から来るのかを考えたいと思っただけである。社会的に経験的に作られたものだけではない、それが明確になれば、それでいい。


[42]
2014/04/22
深田恭子さん主演のテレビドラマ、サイレントプアを見る。嗚咽しそうになる。深田恭子のせりふの言い回しは素人っぽいと思っていた。今回のドラマ、少し変わってきたようにも思う。どうだろう、せりふの言い回しが下手でも構わないのか。深田恭子にはそういう魅力がある。下妻物語も、平清盛の時子役も、その役になりきることがそのまま深田恭子になりきることと言えるような役作りであった。今回も、深田恭子そのもので説得力がある。そういう特異な役者さんなのだ。


[41]
2014/04/16
車のシャッター衝突事件に囚われて、自転車に乗ったことも何も書いていない。もともと自転車に乗るために出掛けようとしていたのだ。シャッターの柱を擦ったときにはもう出掛けるのも止めようかと思ったが、それから、お茶を飲みながら、衝突そのものはたいしたことではなく、気持ちの問題に過ぎないのだと理解できた。結果、出掛けて自転車に乗った。バンパーの緩みが分かっていたら、と言う問題はあるとしても、とにかく出掛けた。自転車に乗った。

菊池川沿いの道はのどかであった。初めての道なのに懐かしく思うくらいにのどかであった。平野部に入った後で、幾つもの川と合流して次第に大きな川となっていくようだ。菊池から山鹿まではまだ小川である。この小川の持つ懐かしさだったのだろう。

緑川は平地に入るともうすでに大きな川の様相を見せる。川の個性を考えるのも興味深い。地形の違いだけではなく、流域に住む人々の性格も関わっているように思う。性格と言うよりは、自然に対するときの物の見方、感じ方だろうか。


[40]
2014/04/12
車とシャッターの修理が終わった。
半開きのシャッター越しに、こんにちは、と声が掛かって、近所の生田農機具店の奥さんが区費の集金にいらしたのだった。それから、あっと言う間だった。あっという間に修理が出来た。ありがたい。修理代も最初はいらないとおっしゃった。それならば千円いただきます、と言うことで千円だけお支払いした。登明寺でパソコンの整備をしたときに私が受け取った金額も千円だった。無料では申し訳ないと相手が思っているときに頂く金額である。ありがたい。ご近所のありがたさも、心に留めておくべきである。

元気になった。すっかり元気になった。免疫の件は考えておかねばならない。気持ちをコントロールするとは言わない。気持ちの落ち込みについて、その元となったもの、解決法、対処法、あるいは飼い馴らす方法を知らなければならない。今回はしばらく何もしないで待つ方法を採った。採ったというより、ただ、何もしなかった。今回考えたことの一つが謙虚ということである。思い上がりの反対だ。謙虚であることが、大きな柱であるように思う。


[39]
2014/04/10
何もやる気が起こらない。以前だったら、さっさと修理をしていたに違いないのだが、それも出来ないでいる。ストレスのない無重力生活がわたしの生きる力を削いでいるのかもしれない。その弱々しさが不安に繋がっているのだろう。生きる力を回復する手立てとは何であるのか。苦手な人とは会わない生活を続けていると免疫が弱くなると聞いたことがある。そう言うことなのだろう。嫌なことから逃れてばかりしていては危ういと言うことだ。そう言うことだ。


[38]
2014/04/08
少し気持ちが塞いでいる。昨日、出掛け際、車をシャッターの柱に擦ってしまった。少しバンパーに傷が付いたこと、バンパーの固定が怪しいこと、シャッターのレールが曲がってしまったこと、修理すれば済むことである。大きく気持ちが塞ぐようなことではないはずだ。とは言うものの、落ち込んだ気持ちを回復させるのは、これまた難しい。貧乏生活に修理代は痛い。修理代のことで落ち込んでいるのだろうか。そうではないようだが、とにかく修理代で済む話である。あとは、気をつければいい。それだけの話である。

兄に頼まれていたパソコンの回復作業が思いのほかうまくいって、いい気になっていたようだ。そのいい気になっていたことが、よくなかった。いい気になっていると碌なことはない。そういうものだ。

不安な気持ちは、それが薄れていくのをひたすら待つのもひとつの策である。人には不安を乗り越える力があるのだ。何もしなくとも乗り越えられるのである。とりあえずはそれでいい。だが、一通り乗り越えたら、この不安の正体を振り返らなければならない。不安に陥って身動きの取れなかった自分自身を振り返らなければならない。積極的に対応しようとしなかった時間を振り返らなければならない。


[37]
2013/09/19
枕草子188段に出てくる「たはれ島」です。宇土半島の付け根、住吉海岸のすぐ沖にあります。たわいのない島です。
熊本弁で、「倒れる」を「たわる」と言うことがありますが、関係あるのかどうか、島の名前の由来は不明だそうです。

枕草子188段は8つの島の名前のみが列挙されており、その3番目が「たはれ島」です。父親の肥後下向に付き添って、子供の頃、清少納言自身もここを船で通ったのではないかと思っています。

島は、浮島、八十島、たはれ島、水島、松が浦島、籬の島、豊浦の島、たと島。

十五夜の月を待とうと思って、住吉海岸まで自転車でやってきたのでしたが、でも待ちきれずに、帰り道の田んぼの中で、月、見ました。


[36]
2012/10/04
日奈久温泉から御立岬まで走ってきた。
地図では上田浦駅までしか海岸沿いの道はないのだけど、実際はその先もずっと伸びていて、その道が素晴らしい。自動車だったら、ミゼットがようやく通れるくらいの道幅ね。ほとんど自転車専用道路。湾じゃないから海が広い。光る海を眺めながらぼうっと走ることが出来る。もうすっかり虜にされてしもうた。やられた。いかれてしまった。

そのあとの山道はちょっと大変だった。充実感と疲労感を宥めながら、御立岬から眺めた海も良かったけれど、いま思い返して、頭の中のおおかたを占めるのは、いかれてしまったほうの海で、夢のようでごんす。
ふうううと溜息つきながら反芻してるのす。


[35]
2011/12/20
自転車改造計画、完了しました。もうママチャリとは呼ばせない。
まず、ペダル、サドルを交換。機能上の変化はなし。シートポスト250ミリだったのを300ミリに交換。サドルが十分な高さを確保できるようになりました。次にハンドルを真っ直ぐなのに交換。例の如くエンドバーをミドルバーにしての取付。これで快適に乗れるかと思ったら、なんか窮屈なんだな。ハンドルとサドルの距離は少しだけ長くなっているはずなのに、窮屈なんですな。姿勢が変わったのかな。
で、ステムも交換することにしました。ハンドルの軸みたいなやつね。ハンドルの突き出し10センチ。メーカーが日東です。日東って紅茶屋さんかと思っていたら、自転車の部品も作ってるんだな。で、これがすんごい格好いい。ちょっとアンバランスかも知れん。

自転車が変わってしまった。サドルって、どっかり腰を下ろすものではないんですね。ペダルに力を入れると自然と腰が浮いてくる。今までにない軽快さです。いい。


[34]
2011/10/19
白石野峠(蕨野峠)標高310メートルの峠越えです。
峠に差し掛かる手前から、あ、あそこが峠だと分かった。うれしかったこと。
何度も挫折した峠です。峠には道祖神が祀ってありました。手を合わせました。昔の人の気持になれた気がしました。


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2010/10/19
窓を開けると金木犀の花の匂いが漂ってきます。秋だなあ。
もう朝は寒いです。自転車、頑張ってます。五十一歳の秋、関節を冷やさないようにしなきゃね。脚力こそが自身の存在の根源のような気がしています。
九月の半ばから銀行やら保険関係やらの実社会と関わりながら、生活してきました。疲れた。髪の毛も短くして社会人らしく立ち振る舞ってきたのでした。あとは郵便局の手続きだけです。全て終わったらどこか遠いところの温泉にでも行きたいなあ。


[32]
2010/08/30
緑川の堤防沿いの、用水路脇の野アザミです。
いい写真が撮れました。
子供のころは「あざみの花」を何か恐ろしいもののように思っていました。言葉の響きだろうと思います。葉っぱのとげとげしさを表しているのでしょうか。今はそのとげとげしさも含めて気に入っています。


[31]
2010/06/30
日本代表チーム、PK戦の末パラグアイに惜敗。ワールドカップで日本チームを応援する楽しみが終わってしまった。寂しさを感じる。盛り上がっていた気持ちが萎んだということか。
最初、敗れて残念と書こうとした。書こうとて、残念に引っかかってしまった。言葉の使い方として、こういう場面で使うのはまったく正しい使い方だし、辞書的な意味としての「期待に反していて物足りない気持ち」も、その通りだと思う。それでも、引っかかってしまうのは、選手の無念さと比較してしまうからだろうか。選手の無念と比べたら、こちらの残念さなど屁みたいなものであるが、でも、そういうことではない。残念の内実が何であるのか、それが気になったのだろう。言い方を変えれば、盛り上がっていた気持ちの内実が何であるのか、と言うことである。
日本チームが敗れて、わたしに失うものがあるかというと、そんなものは何もない。勝ち続けたとしても、同じことである。自分の努力が報われるのでも、自分自身の経験としての達成感があるのでもない。と言って、この気持ちの盛り上がりを否定しようと言うのではないのだ。たとえば恋をするときの気持ちの盛り上がりや小説、映画の感動を考え合わせて見る。ある種の共感なのだろうか。共感する喜びがあるのかもしれない。


[30]
2010/06/23
日本生命を解約する。保険金の支払いが困難になってしまった。損得勘定でいろいろ考えてみようとしたが、分からない。保険の損得勘定を考えようとすると、人生を損得勘定で考えることに繋がってゆく。そもそもそれが無理なのだ。保険金を払うと、銀行口座の残高が厳しいことになる、それで解約、何も考えることはない、いいタイミングだ。
解約払戻金と配当金が可也の額戻ってくる。念願の自転車を買おうか。自転車さえあればほかに何も要らないような気がしてくる。自転車があれば、自転車があれば、である。


. 逆順 .

かめゐ
かめhr @ pluto.dti.ne.jp