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Monologue

. 逆順 .

[29]
2010/05/28
加藤登紀子の「あなたの行く朝」を繰り返し聞く。伸ちゃんと繰り返し繰り返し聞いた夜を思い出す。それから、高野悦子の二十歳の原点を少し読み返す。端正な文章である。もどかしい思いだ。何かに届かない。


[28]
2010/05/20
心貧しき者。がらんどうの心をひっくり返して、裏返して、洗い清めて、何もないことを再確認すべきではないのか。ものに感じる力を呼び戻すために、がらんどうであることをもう一度認めなければならない。真実でないものを詰め込んではならない。誤魔化してはならない。誰かを愛することで柔らかく深まっていく心の襞があり、それは共鳴する力だと思う。

誤魔化さず、孤独で、豊かに共鳴する心を獲得する手段、方策、手順としては、樹木の世話、部屋の掃除、大いなる力と万象に跪き祈ること、美しいものを見ること、とりあえず思いつく限り並べてみたが、まずは、心の貧しさを自覚することだ。思い付きではなく、深く自覚することだ。


鶴瓶の家族に乾杯に出ていた少女、かえさん、ドラマチックな顔をしている。上蒲刈島の中学校を卒業したばかりの十五歳の少女で、まだあどけない顔をしていると言うことも出来るのだが、何かドラマを思わせる顔だ。かえさんを主人公にした小説を書いてみいと思うような顔である。映画かなあ。日常の常識人と一歩隔てた位置にいる少女の設定か。生活の臭いがしないと言うことか。マイペース少女、ふわっと生きる女、かな。


[27]
2010/05/19
数万年の間ずっと人間は火を見つめながら暮らしてきた。ささやかな炎の踊りをこよなく愛してきた。この火の進化した形として、文明は電球を作り、湯沸かし器を作り、電子レンジを作り、ライターを作り、電気毛布を作り、そしてテレビを作った。炎を眺める代りにテレビを眺めて夜を過ごすようになった。そのテレビ放送があと一年で終わる。
このあと炎を眺める生活に戻るかどうかは不明だけれど、文明が人間に何をもたらしたのかを問い返すいい機会になるだろう。あるいは、文明とどう付き合い、どう折り合いをつけるか、少なくとも、文明に隷属しないための知恵をどう廻らしていくか、人間社会全体として、そのような機運を盛り上げていく好機でもあると思う。
地デジを買うお金がないからこんなことを言っているのではない。断じてそうではない。そうではなく、純粋なる動機で「地デジ反対」と叫びたい。


[26]
2010/05/17
緑川の河口まで行く。
自転車の魅力について言語化しようと思うのだけれど、言語的思考では説明しにくい。
緑川の堤防を走りながら、自由と言うことを考えてみた。自転車の魅力とは別の問題だろう。別の問題とは分かった上で、充実した脚力が自由を生み出すのだ、と考えてみた。自転車とある程度の脚力があるだけでどこへでも行くことが出来る、そう考えると、重力からさえ解放されるような気がしてくる。グラビエイトを解放する、と言ったらどうだろう。グラビエイト解放戦線の最前線で戦っていると言いたい。自由とは、それを獲得しようとする行為そのもののことだから、戦わなければならないのだ。


[25]
2010/05/16
一晩中シューベルトの幻の太陽を繰り返し聴く。
原題はDie Nebensonne(The Nextsun)で、幻日と言う気象現象を表す言葉だとか。
このメロディーは昔聴き馴染んだもののように思う。なにかが省略されたような、だから聴く側は小刻みに突き放されながら、惹きつけられてゆく。
なにかを思い出せそうで、近付こうとすると消えてしまうようなもどかしさがある。昔聴いていた曲とその背景を思い出そうとしているのだが、このもどかしさ自体がすでに心地よいものになっている。


[24]
2010/05/15
歌会に短歌提出。
歌は相変わらず不調だ。もっと時間をかけて、歌作りに集中しなければならないのだが、それが出来ない。
本当はもっと責任の持てる言葉で書きたいのだが、「海を見たくなる」はどんなものか。少年少女レベルの飛躍と言うか、ちょっと不満なところだ。でも、読みとしては、まったくあり得ない訳ではない。遠くに行きたい感覚か。「ひっそり」も感心しない。
真実を書きたいと思う。真実を求める気持ちがなければ歌は成立しない。


[23]
2010/05/14
親に顔を押し当てて泣いている子供の姿。特別養子縁組の親子のドキュメンタリー番組。娘は生みの親にバスケットの試合を見に来てくれるようにと、和の会(輪の会かも)という仲介者を通して伝えるが、叶わず、育ての親に顔を押し付けて泣いている。娘は小学校六年生である。素敵な親子関係の築かれていることがよく分かる光景にじんとくる。
番組の内容とは無関係で不謹慎なような気もするが、だれかに顔を押し付けて泣いてみたいと思った。


[22]
2010/05/05
スーパーのお菓子売り場に背広姿の男性がいる。中年から初老にさし掛かったくらいの年齢か。寂しい光景だ。お菓子というのはまことに寂しさを紛らわす特効薬なのである。その男性を見ている私もまたその特効薬を求めて歩きまわっていたのであった。

ラジオ深夜便で藤圭子の特集をやっていた。藤圭子いいね。


[21]
2010/05/02
久しぶりに甲佐川原まで行ってきた。自転車のタイヤの出っ張りが剥がれた。もう限界か。ぎすぎすと疲れたような音もしてきた。ASUSの春のキャンペーンプレゼントで自転車当たらないかなあ。ルノーの黄色い自転車欲しい。

意識的に川の流れる音に耳を澄ます。意識的に水の音を聞くことで、力が抜けていく。すうっと抜けていくのがわかる。いままで身体に力が入っていたのだ。

釣りをしている親子。姉と弟、五歳くらいか。笑い声を立てているのではない。子供は子供なりに釣竿を操っている。父親はそれを見守りながら、自分の釣りをしている。父親は幸せである。子供も幸せである。


[20]
2010/05/01
五月一日、誕生日である。ひとりである。ひょっとしたら腹の具合が悪いかもしれない。誕生日にはやはり酒を飲みたいのであるが、命あっての誕生日なのだから、命を大切に、体を思い遣って、気遣って、やさしくやさしく酒を飲むことにしよう。
誕生日は命を祝う日にしなければならない。命を祝うのだから、酒を飲む。命を祝うのだから、体を大切にして酒を控える。当たり前のことだ。あまりにも当たり前の二律背反なのだ。
このところ菓子パンとインスタントラーメンしか食っていないから、胃腸も不機嫌になるのだろう。体をいたわること。


[19]
2009/09/12
内大臣橋まで行った。もう二度と行かない、と誰かに話をしたいと思いながら進み続けた。膝が痛くて足に力が入らなかった。もう二度と行かないと話をするためには、内大臣橋に到着しなければならなかった。
もう二度と行かない、と思う。
思うけれど、一夜明け、二夜が明けて、あのときの苦痛が何か甘やかなものに思えてきた。段々畑状田んぼの稲穂も美しかった。
でも、やはり、もう行かないだろうなあ。


[18]
2009/06/23
閏皐月朔です。雨で自転車もお休みです。
ときには雨も悪くないな、と雨の落ちてくる空を見上げていたら、軒下で雨宿りをしてみたくなった。でも、一旦雨が止まなければ雨宿りをしに出かけることもできないのでした。
何か心細いような雨宿り、きっと楽しいと思う。行きたいな。


[17]
2009/05/24
朝練です。
夜明けの街を走った。
あまり夜明けの似合う男だとは思わないけれど、いいね。いいよ。
道路の先の先まで見渡せる夜明け、うん、いい。
これが早起きして夜明けの町を疾走したのであれば、男のさわやかさに磨きをかけると言ったところなんだろうけれど、それは出来ないんだな。今日は命日で寝坊できないから起きていただけなのでした。

ま、それはそうとして、とにかく、何はさておき、とにかくなのだ。
あんどん坂を上りきったよ。


[16]
2009/05/20
三角西港到達しました。頑張りました。
三角西港でおにぎり2個食って、この充実感ったらないね。
でも、帰り、膝が痛くなった。もっとじっくりゆっくり距離を伸ばしていくべきだったか。膝に湿布を貼りつつ、もう自転車乗りたくて乗りたくてうずうずしています。

ところで、宇土半島の尾根伝いに自動車専用道路を建設して、現在の国道57号線は自転車優先道路にしたら、いいかもしれない。
有明海サイクリングロードとして全国に売り出せば、熊本の観光目玉にもなるし、熊本県民健康促進運動としての成果も期待できるだろうし、ダムを造りたい人たちの目をこちらに振り向けることができれば環境保全にも繋がる。いいこと尽くしだ。
道が悪いのでした。アスファルトがひび割れて自転車にはつらいし、こっちはゆっくり海を眺めながら走りたいのに、自動車ってやつは邪魔でならないと思うのでした。


[15]
2009/05/01
とうとう、いよいよ、五十歳でございますな。
五十歳の記念に、自転車で海まで行ってきたぞ。
最初は三角まで行こうかなどと無謀なことを考えつつ、宇土駅で水分補給したときには、もう引き返そうかと弱気になりつつ、とにかく、海だ、海を見るまでは前に進もうと、疲れた足に鞭打って頑張った。
住吉海岸からさざ波の輝く海を眺めていたら、まだまだおれもいけてるのうと、うれしくなったですよ。
今夜、月は上弦の月です。これが新月になるころまでには三角まで行けるように頑張ります。五十歳のチャレンジ。


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かめゐ
かめhr @ pluto.dti.ne.jp