My Favorite architecture  世界の建築

僕の好きな建築はいろいろあるけれども、とりあえず自分で実際に見て、自分で写真を撮った物の中から選んでみました。

 

古代  イスラム   ゴシック  ルネッサンス  バロック  モダン


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古代

パンテオン

 

アグリッパによって紀元前に建てられ、紀元120年頃にハドリアヌス帝によって再建された。現在も、ローマの中心にそのままの形で残っている。
内部に孤立した宇宙を抱え込んだ完璧な建築。

 

 


 

パルテノン

 

 言うまでもなく、アテネのアクロポリスの丘に建つ、女神アテナにささげられた神殿。前447年。

 


アグリジェントのコンコルディア神殿

 シチリア南部、アグリジェントの丘の上に立つギリシャ植民地時代の神殿。BC450年ごろの建立とされているので、アクロポリスのパルテノンとほぼ同時代のもの。
パルテノンが妻側の柱8本、軒側が17本なのに対して、それぞれ6本と13本と一回りコンコルディア神殿の方が小さい。又、柱の太さと高さの比率が、パルテノンの方がほっそりとした印象を与えるのに対して、コンコルディアの方は少し太めでどっしりとした印象を持つ。しかし、その柱のプロポーションは決して鈍重な印象を与えるものではなく、よく見ていると安定した、美しいプロポーションに見えてくる。
当時としては、コンコルディアの方が普遍的な神殿のあり方で、パルテノンが特殊なものであるという説もある。


アヤソフィア

537年東ローマ帝国の首都、コンスタティノープル(現トルコのイスタンブール)に建てられたキリスト教の聖堂だったが、1453年にオスマントルコがコンスタンティノープルを占領した後はイスラム教のモスクとして使われていた。現在はイスタンブールの博物館として一般公開されている。
中央の大ドームを半ドームが押さえる形は、オスマントルコの時代、ミマーム・スィナンを通してトルコのモスク建築に大きな影響を与えた。

 


イスラム

スレイマニエ・モスク

 トルコの第10代皇帝、スレイマン1世の命により、建築家ミマール・スィナンによって、1558年にイスタンブール旧市街の丘の上に建てられたイスラム教のモスク。
4本のミナレットと美しい前庭を持つ。大ドームの周りを小ドームが支えるような形をした、典型的なトルコのモスク建築で、内部は壮麗な大空間でありながら、大小ドームの球形によって包み込まれるような空間になっている。細部のディテールも素晴らしく、数あるイスタンブールのモスクの中の最高峰と言える。


アルハンブラ宮殿

 スペイン、グラナダに建つイスラム時代の宮殿。ヨーロッパの教会建築が天上の楽園を目指すとすれば、ここには地上の楽園がある。

グラナダは15世紀末までイスラム王朝の都だったところ。その文化がいかに爛熟していたのかがよく解る。

 


ゴシック

ノートルダム大聖堂

パリの中心、シテ島にあるゴシックの代表的な聖堂。聖母マリアにささげられた聖堂なのでノートルダムの名を持つ。
12世紀から、14世紀にかけて建設されその後も工事が続けられ、19世紀にビオレ・ル・デュックによって改装された。
美しいステンドグラスをもつバラ窓が有名で、側面からアプスにかけて建物を支える華麗なフライングバットレスも見どころの一つ。

 

 

 


シャルトル大聖堂

 

ゴシック教会建築の最高峰。内部の柱は細いリブに分割されて、優雅に天に向かってのびて行き、軽やかなオージブとなって天井を覆う。

建築は凍れる音楽、と言ったのは誰だったのか。1220年竣工。

 

 


サントシャペル

ゴシック様式も後期になると、技術の発達と共に壁が少なくなり、開口部が大きくなってくる。この二層構成を持つ、サントシャペルの上の層の礼拝堂では、ほとんど壁がなくなって、柱間の床から天井までを、いちめんのステンドグラスがおおう様は壮麗の一語。

パリの中心、シテ島にある、王宮付属の礼拝堂。1248年完成。

 

 


ルネッサンス

サンタ・マリア・デッラ・パーチェの回廊

 ルネッサンスの巨匠、ドナト・ブラマンテによって、1504年に作られた修道院の中庭回廊。

1階のアーチを繰り返す柱と、2階の臥梁を載せさらにスパンを二分の一に割った柱の関係が絶妙で完璧な比例関係を作り出している。
それぞれの柱のディテールは考え抜かれたもので、緻密な構成の上に建っていながら、何時までも見る者を魅了する。

 


サン・ピエトロ・イン・モントリオールのテンピエット

ローマのテベレ川の西側、ジャニコロの丘のふもと、サン・ピエトロの殉教の地とされるところに建てられた、サン・ピエトロ・イン・モントリオ教会。
その中庭に立つテンピエットは、やはりブラマンテによって1502年ごろに建てられた、殉教記念礼拝堂 。
盛期ルネッサンスを代表する建物で、小さいながらブラマンテらしい完璧な比例関係を持つ緻密な建物。

内部も均整の取れた美しさを持つと同時に、天井のブルー、床の美しいモザイクタイルによって、優しさが感じられる。

 

 


ファルネーゼ宮

ファルネーゼ家出身の教皇パウルス三世の依頼で、建築家サンガッロの設計で1517年から工事が始まったが、1546年サンガッロが亡くなり、その後をミケランジェロが受け継いだ。ミケランジェロが引き継いだ時、2階のファサードまで完成していたが、ミケランジェロはそのファサードを修正し、3階のファサード及びコーニス部分を変更し、中庭を完成させた。

ローマのテベレ川近くにあり、ルネッサンスを代表する建築だが、現在はフランス大使館となっていて、中庭、内部を見ることは出来ないのが残念。

 


イル・レデントーレ聖堂

ヴェネツィアのジュディカ島に建築家、アンドレア・パッラーディオによって1580年に完成した、ペストの終焉を願って救世主(レデントーレ)に捧げられた聖堂。

キリスト教の聖堂の正面に、古代神殿のモチーフを応用することを試みてきたパッラーディオの最晩年の回答がここにある。完成度の高い美しい聖堂で、1786年にここを訪れたゲーテも絶賛している。

 

 


ラ・ロトンダ

1569年、建築家アンドレア・パッラーディオによって、退職した高位聖職者であったパオロ・アルメリコのために建てられた別荘建築。ヴィッラ・アルメリコと呼ばれ、中央広間が円形をしているため、通称ラ・ロトンダと呼ばれている。正方形プランの中央の円形広間の上にドームが掛けられ、建物の4面に同じ形をした神殿風のポルティコが付いて完全にシンメトリーなプランになっている。

ヴィチェンツァの街の郊外の丘の上にあり、4つあるどのポルティコからも素晴らしい景色を望むことが出来る。

 


バジリカ・パルラディアーナ

建築家、アンドレア・パッラーディオが活躍して、多くの作品を残したヴィチェンツァの街の中心、シニョーリ広場に面して建つ、ロッジア・デル・パラッツォ・デッラ・ラジォーネ。通称バジリカと呼ばれ、1階が商店、2階が広い集会場として、1545年からパッラーディオの設計によって工事が始められたが、完成したのは彼の死後だったと言われている。石工の出身だったパッラーディオはこの作品の成功で一躍建築家の仲間入りを果たした。

大きなオーダーの柱の中に、アーチを支える2本一組の小さな柱が入る様式は、セルリアーナ、又はパルラディアーナと呼ばれ、その繰り返しがたとえようもなく美しい。

 


サン・ピエトロ大聖堂

ヴァチカンにあるカソリックの大本山、サン・ピエトロ大聖堂は、1506年、ブラマンテによって工事が始まり、その後、サンガッロ、ラファエロ、ジュリオ・ロマーノと続いて、ミケランジェロが基本的な設計をすべて完成し、彼の死後、ヴィニヨーラ、ジャコモ・デッラ・ポルタの手を経て、1612年に完成した。

前面広場を楕円形に囲む列柱はバロック時代のベルニーニによるもの。

 


ピアッツア カンピトリーノ

 古代ローマの七つの丘の内でも、もっとも神聖な場所であったカンピトリーノの丘をミケランジェロが整備したもの。

正面には市庁舎の建物、左右に対称にコンセルバトーリ宮(現カンピトリーノ美術館)の建物に囲まれて、楕円形の中心が盛り上がった、独特の模様を持つ広場。様式的にはルネッサンスと言うよりもマニエリズムにかかっている。

 

 


バロック

サン カルロ教会

ローマ中心近く、道路の四つ角にそれぞれ泉があるので、クワトロ フォンターネと呼ばれる場所に建っているので、サン カルロ アレ クワトロ フォンターネと呼ばれている。
建築家ボッロミーニの設計で、1646年に完成。バロック建築の最高峰。僕の大好きな建築で、ローマに行く度に訪れている。独特の模様を持つ楕円形のキュウポラから落ちてくる微妙な光に包まれた礼拝堂の空間は静謐そのもの。

付属する回廊を持つ中庭も、小さいけれどボッロミーニらしいシンプルで美しいものです。

 


シラクーサの大聖堂

 イタリアでは古代の遺跡の上に教会がたてられている例は数多くあるが、これほどはっきりとその痕跡を残している教会も珍しい。
紀元前5世紀にギリシャ人によって建てられた、アテナ神殿を7世紀ごろにビザンツの教会へと改修され、17世紀に大地震によって破壊された正面ファサードを建築家アンドレア.・パルマによって、バロック様式で作りなおしたと言う。
建物の北側側面と内部にははっきりとドリス式の列柱が姿を見せている。内部の神殿の壁があったところをくりぬいてアーチの連続する列柱として、身廊と側廊を備えた3列構成の典型的な教会空間になっている。
この古代の柱が教会の空間と一体となることで不思議な威厳のある空間になっている。

 


モダン

ウイーン郵便貯金局

 ウイーンの近代建築運動、ゼツェションの中心的建築家、オットー ワグナーの代表作。1912年竣工。

外観は今から見ると、装飾的だけれど、鉄の鋲で外壁の石を留めているのが特徴的。内部のメインホールにはいると一転して、一面ガラス張りの天井から降り注ぐ光に驚かされる。空調の吹き出し口、階段の手摺りなどにゼツェション独特のデザインが見られる。

 


ヒルハウス

 スコットランドの建築家マッキントッシュの設計により、1904年に完成した住宅。
マッキントッシュはゼツェションの連中やライトとも影響しあっていたらしい。

この住宅はグラスゴーから一時間ほどの海辺の町、ヘレンズバーグの丘の上に建っているので、ヒルハウスと呼ばれている。部屋の隅ずみから、家具はもちろん、絨毯、食器に至るまでマッキントッシュ独特の植物をモチーフにしたデザインで埋め尽くされている。

  


グラスゴー美術学校

 同じくマッキントッシュにより、1899年に完成した、グラスゴーの街の中心にある美術学校。

マッキントッシュは外部の石の扱い方、内部での木材の扱い方で、又、スチールの扱いでも独特なラインの表現を見せている。

この建物は2014年に火災にあって、ようやく修復工事が終わった2018年に再び大きな火災に見舞われたという。何とか再建できれば良いのですが。

 


ロンシャンの教会

フランスのスイス国境に近い、ロンシャン村の丘の上に建つ、ル コルビュジェの設計による巡礼教会。1955年竣工。

外観の自由な造形、柔らかな形を、シュルレアリストの画家ダリはおいしそうな建築と言ったとか。
内部は天井のスリット、厚い壁にうがたれた様々な大きさの開口部から入る光で敬虔な気持ちにさせられる。特に主祭檀の上にある開口部のなかのマリア像が逆光でシルエットだけ見えるのが美しい。

 


ユニテ ダビタシオン

同じく、コルビュジェの設計による、マルセイユの郊外に建つ集合住宅。1952年竣工。

戦後の復興期に建設され、コルビュジェの近代建築の理念の実現されたものとしてあまりにも有名。今でも建設当時のままに、住人たちに愛されて住まわれている。

 


スイス学生会館

パリの国際学園都市の中にある、スイス人学生のための寄宿舎とパヴィリオンで、ル・コルビュジェの設計で1932年に竣工している。

今まで四角と直線、白い色が基調だったコルビュジェの作品にこのころから曲線が現れて、形が自由になって行く。ここでは、外壁に石を張るというように素材に対しても変化が表れている。

 


カサ バトリョ

バルセローナの建築家アントニオ ガウディの設計による集合住宅。1906年竣工。現在はオフィスとして使われている。

外観はガウディ独特のうねるような壁、上部には龍の背中を思わせる、青い瓦の飾り屋根が乗っている。ガウディは爬虫類が好きだったのか、トカゲのようなモチーフがよくでてくる。内部は、トップライトから光の降り注ぐ、吹き抜けた階段室の周りに、部屋が配置されている。全て曲線で構成されている。

 

 


カステル・ヴェッキオ

ヴェネツィアの建築家、カルロ・スカルパが、ヴェローナにある中世の城を美術館に改修したもの。1964年竣工。

日本でもようやく建築家が積極的に改修工事に取り組むようになったけれど、古いものを大事にするヨーロッパでは昔から建築家による改修工事が盛んだった。
コンクリートと鉄を駆使した大掛かりな改修工事だが、600年の時間の差を感じさせない、新旧が溶け合ったようなデザイン。それでいて、いたるところにスカルパ流のデザインを感じることが出来る。特にスチールの扱い方が秀逸。

 


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