「平和問題ゼミナール」
旧ユーゴ便り
Masahiko Otsuka Presents
-since 1998-
(Since 98/05/31)
   
最終更新 2008/07/25

第94回配信
セルビア永代蔵     2008年7月下旬


avenue2.jpg
ベオグラード郊外(ノヴィ・ベオグラード地区)で建設中の高級マンション街「パルク・アパルトマン」(手前の足場のある現場)とオフィスビル「GTC19アヴェニュー」(後方の青ガラス)
    5月11日に行われたセルビア議会選ののち、組閣交渉は2ヶ月にわたって続きましたが、結局タディッチ大統領率いる民主党を中心とする親欧勢力が、セルビア社会党などと多数を確保。7月7日に議会承認を受け、民主党のツヴェトコヴィッチ前財務相を首班とする親欧政権が誕生しました。実際には民主・セ社会の両党と連携した中・小規模政党や少数民族政党も連立に参画しているので、議会多数としては5会派10政党、入閣者でみると4会派7政党、副首相4人など27閣僚にのぼる大寄り合い所帯の政府です。
    ツヴェトコヴィッチ新首相は(1)欧州連合(EU)接近政策(2)コソヴォ独立反対の堅持(3)経済・社会保障政策(4)犯罪・汚職対策、の4つを新政府の柱に掲げました。今春以降の親欧派、民族派の対立と政治マヒ状態には決着が付き、セルビアはEU加盟に向かう道を再び歩み出したことになります。

    前々回配信でも詳説したように、親欧派と民族派はどちらも単独で議会多数を形成できない選挙結果となり、90年代ミロシェヴィッチ悪政をリードしたセ社会党が、第四党ながら両派のどちらに付いて政権を成立させるか決定権を持つ、という皮肉な成り行きになりました。5月当初は民族派のセ急進党、セ民主党とセ社会党の間の交渉が順調と伝えられ、議会選と同時に行われた地方自治体選の結果を受け、首都ベオグラードでの連立協定が成立。国会レベルでも民族派政府成立が予想されていました。しかし6月に入り形勢は逆転しました。セ急進党のニコリッチ党首代行は、「政策協定も順調で、閣僚人事までほぼ決定していた。ところがセ社会党と選挙連携を組んだセ年金生活者連合党のクルコバビッチ党首が、有権者に約束した年金値上げに関し言質を要求して話がこじれ出した。
cvetkovic.jpgdragutinovic.jpg
(左)政変後のセルビア政府の長としては初めて経済畑出身のツヴェトコヴィッチ新首相(右)金融政策から財政政策の中心へ、手腕が注目されているドラグティノヴィッチ財務相(右画像提供:infobiro.tv)
セ社会党グループは最初からこういう筋書きを用意していたのだ」(日刊アロー!紙6月19日付)と6月中旬時点で交渉頓挫を認めました。
    セ社会党グループと親欧派陣営はそれまでも水面下での交渉は続けていたと思われますが、6月21日ついにダチッチ・セ社会党党首らが連立交渉のため「大手を振るって」民主党本部を訪れました。2000年のユーゴ政変でミロシェヴィッチ政権を倒した側と、倒された側それぞれの後継者であるタディッチ、ダチッチが握手する映像は各メディアで放送され、セルビア政治の新時代到来を強く印象付けました。

    「年間7%成長を続け、任期満了となる4年後の実質国内総生産(GDP)は現在比30%増を目標とする。民間・公共投資を増やし20万の雇用を創出、失業率は現在の18%を12%に下げる。マクロ経済を安定させ財政赤字を削減、4年後のインフレ率は4%台を目指す。社会対策として地域格差是正に努めるほか、年金は今秋にも10%増額する」。
    ツヴェトコヴィッチ首相(57)は経済畑の出身でコンサル会社、経済・民営化担当省次官などを経て昨年財務相に抜擢されました。民主党内でも経済担当委員という肩書きで、執行委、中央委といった党内政治系組織の正式メンバーではありません。
ツヴェトコヴィッチ新政権主要閣僚
首相M・ツヴェトコヴィッチ(民主)
主席副首相兼内務I・ダチッチ(社会)
副首相(欧州統合)兼科学技術B・ジェリッチ(民主)
副首相兼経済・地域発展M・ディンキッチ(G17)
副首相J・クルコバビッチ(年金)
外務V・イェレミッチ(民主)
国防D・シュタノヴァッツ(民主)
財務D・ドラグティノヴィッチ(民主系)
法務S・マロヴィッチ(民主)
厚生T・ミロサヴリェヴィッチ(G17)
それだけにこの所信演説も、EU加盟政策、コソヴォ問題などの政治面以上に経済面に力点を置いたものとなっています。

    新首相は「地味だし、ボソボソ歯切れが悪く何を話しているかよく分からない」という評のほか、昨年まで政治的にまったく無名だったこともあり、寄り合い所帯の政府での指導力を不安視する声も巷間では聞こえています。しかしセ社会党グループの入閣は5人にとどまり、27閣僚のうち民主党が13、同じく親欧系のG17が6など、前政権に比べ政府分裂によるマヒが起こりにくい配分となりました。またイェレミッチ外相はじめ実績を残していた親欧系閣僚が留任し、実務色の強い内閣という印象です。
    むしろ真の不安は、経済面で首相自身が正にポイントに掲げている、(緊縮財政を前提とする)財政赤字・インフレ対策と、投資や年金など公共支出のバランスをどう取っていくかという点だと筆者には思われます。
    この意味で経済専門家から注目されているのはドラグティノヴィッチ中銀副総裁の財務相への登用です。政治からの独立性を保つセルビア中銀(セ国民銀行、以下中銀)の金融政策は近年一定の成功を収めてきました(本稿の続きで詳細を見ていきます)が、この中で「中銀は厳しい金融・為替政策を実行し緊縮財政を支持しているのに、政治家が有権者に媚びて、後ろ盾のない政府支出(年金増など)を約束してしまう」という図式のもと政府との対立を強めていました。中銀金融政策立案の中心にいた新財務相がどのように財政を運営していくかが興味深いところです。

最近のコソヴォの動き

zastava.jpg(0089)
   独立宣言から5ヶ月が経った本稿執筆現在もコソヴォを承認した国は43カ国にとどまっており、セルビアとの関係を重視するモンテネグロ、マケドニアなどは依然二の足を踏んでいます。しかし6月15日に憲法が発効し、EU主導の司法警察ミッションEULEXも暫定的に国連管理下に置かれながら展開を開始。7月15日には国際通貨基金(IMF)が、主要国際機関としては初めてコソヴォの加盟を認めるなど、当初の見通しよりは緩やかな速度ながら国家としての体裁を少しずつ整えつつあります。洞爺湖サミット直後の7月11日にベルギー・ブリュッセルで行われたコソヴォ復興支援会議では、EUが8億ユーロ(約1336億円)、米が4億ドル(約420億円)など、総額10億ユーロ級の拠出が表明されましたが、日本の拠出約束は人材育成などに300万ドル(3億1500万円)で、ボスニア和平後約束分の100分の1以下の額にとどまっています。なおセルビアに合わせて5月に地方自治体選を強行したコソヴォのセルビア人は、セルビア人だけの自称「議会」を成立させていますが、ベオグラード側では民族派野党が関与するのみで、親欧与党勢力はほぼ無視の構えです。セルビア外務省はコソヴォを承認した国から大使を協議召還していますが、7月20日イェレミッチ外相はこれらのうち在EU各国大使を現地に再着任させたいと発表しています。

    03年頃まで最低の目標値とされていた国内総生産(GDP)年5%成長は堅実に実現。民営化、外国直接投資もまずまずのペースで進む中、外貨準備は大幅に伸びています。
grafikon1.gif
セルビアの対外債務残高、外貨準備高、成長率の年次推移(セルビア中銀発表を基に筆者作成)
しかし輸出は伸びず、昨年の輸入カバー率は48%と入超傾向が続き、対外債務残高もGDP比58・5%(今年3月中銀発表)と高いレベルのままです。
    中進国として不合格ではないもののバラ色にはまだ遠い、というのがマクロ経済統計から見たセルビアの現状なのですが、近年は個人消費を中心に民間需要が好調。「好景気」は言い過ぎだとしても、04年頃からセルビア経済はユーゴ政変後の回復段階を抜けて活発化、少なくとも90年代の「長い冬」からの底上げは確実に感じられるようになっています(第82回配信参照)。
    読者の皆さんの中で、近くセルビアを訪れるご予定の方がいらっしゃったら、政変直後まで欧州最貧国争いに積極参加(?)していた「物価は安いけれどもモノもあまりない」国のイメージは忘れて下さい。
icecoffee.jpg
アイスコーヒー190ディナール=406円。強いディナールが維持され、セルビア人の消費は好調ながら外国人の財布のヒモは締まりがち
近年ベオグラードに増えた大型スーパーを中心に、外国製品も含めてモノの不自由はなくなりましたが、日本から来られる方は物価高に驚かれることと思います。欧州主要通貨であるユーロに対し、05年夏以降セルビアディナールのレートが高いレベルで押さえられているため、円安ユーロ高とユーロ安ディナール高のダブルショックを如実に感じられることでしょう。
    セルビア統計局の発表する平均月収は5月に32000ディナール(約6万9000円)となり、400ユーロを越えました。統計局は首都ベオグラードだけの最新の数字を発表していませんが、5〜600ユーロに達していることは間違いありません。
    政府と中銀がともに積年の課題とするインフレは一昨年12・8%、昨年は何とかひと桁台の6・8%に押さえられました(が、今年は原油高騰を受けて14%に達する見込みです)。従って06〜07年の2年間にディナールでの物価は20%上がったことになりますが、ユーロのレートは05年大晦日で85・5ディナール、昨年末で78・7ディナールとむしろ落ちていますから、ユーロで最も単純な計算をするとこの2年間のインフレは30%ということになってしまいます。中銀が外貨=ユーロを順調に確保できていることがこうした強気のディナール高政策の背景にあります。

    建設業界は順風に乗っています。先ごろタディッチ大統領や新閣僚らと会談したイスラエル資本プラザ・センター社のシュタルクマン社長は1・5億ユーロ(約250億円)を投資し高級ホテルを建設する計画を明らかにしました。「ベオグラードにはまだショッピングと娯楽を統合した施設がないし、オフィスもホテルも不足している。
3listaduvana.jpg
国内資本MPCグループは旧市街、中央郵便局前の一等地にショッピングモールを建設中
当社は既にハンガリー、チェコなどに進出しているが、向こう3〜5年で5億ドル(約525億円)をセルビア投資にあて、ホテル、ショッピングセンター建設などを通して社の中東欧の拠点にしたい」(週刊エコノミストマガジン誌7月14日付)と述べています。
    首都のサヴァ川の西側、ノヴィ(新)・ベオグラード地区は郊外の住宅地として機能しています。 90年代まではくたびれた社会主義式団地が並ぶだけという印象だったこの地区は、04年頃から急速に発展し、ハイパーマーケット、体育館、放送局、外資系会社の拠点など新しい建物が次々に建設され続けています。
    イスラエル資本では上述のプラザ・センター社より先発のGTCセルビア社は、05年秋にオフィスビル「GTCハウス」をオープン。今年内にはオフィスビル「GTCスクエア」(総敷地面積2・2万平米)、「GTC19アヴェニュー」(同2万平米)第一期分を落成する予定で、後者と統合された高級マンション「パルク・アパルトマン」とともに、
モンテネグロ、欧州選手権優勝

cgvaterpolisti.jpg
   日本ではマイナースポーツの域に属しますが、水球と言えば旧ユーゴ圏のお家芸です。先日スペインで行われた欧州選手権でベスト4に残ったのは、ハンガリー(アテネ五輪優勝)、クロアチア(世界選手権優勝)、セルビア(前回欧州選手権優勝)、モンテネグロと「この辺の国」ばかりでした。7月13日の決勝では、延長戦の末にセルビアの堅実なディフェンス網を破ったモンテネグロが6−5で勝利(写真=帰国後ヴヤノヴィッチ大統領から特別表彰を受ける水球選手団 提供:infobiro.tv)。独立後のスポーツ界に初めて大きなタイトルをもたらしました。独立後初の五輪参加となる北京でもメダルが有望視されていますが、クロアチア、セルビアなどが雪辱を果たすか。ちょっと楽しみです。
近い将来首都の新しいランドマークにするとしています。
    セルビア国内資本も負けていません。ノヴィ・ベオグラードの入り口に控える旧共産主義者同盟(共産党)本部を新しいオフィスビル「ウシュチェ・ビジネスセンター」に変えたMPCグループ第54回配信参照)は、第二期工事として同ビル前庭スペースのショッピングセンター建設を、また旧市街側中心部でもセルビア議会会館(旧ユーゴ連邦議会)近くに5000万ユーロ(約84億円)の工事費でショッピングモール建設を進めています。

    ベオグラードの住宅難は今に始まった話ではありません。市土木土地局は向こう5〜10年に計2万軒の新規住宅建設が必要と認めています。こうした中で地価は高騰し、平米1000ユーロから4000ユーロ(坪約55万〜220万円)で推移、つまり「坪100万は驚くべき額ではない」という相場になりました。近年外国マネーの流入でバブル状態が発生しているクロアチア、モンテネグロ海岸部に比べればまだ大人しい額ですが。
    ノヴィ・ベオグラード地区郊外の団地群「ブロック67ベルヴィル」は、来09年当地で開催されるユニバーシアードの選手村として建設中ですが、坪102〜110万円でユニバ終了後の入居者募集を開始。関係者は「3000人に上る人々の問い合わせを受けており、その多くが入居募集に応じるのではないか。中の上クラスの住宅として価格は適正だと思う」と述べています(7月2日付B92)。
    東部の住宅街で不動産業を営むデリッチさんに話を聞いてみました。
    「私のような小さなでは、外国投資家や超富裕層を相手に一等地の取引に関わることは出来ませんでしたが、郊外の入り口(準中心部)では、最近も狭いながら平米2700ユーロで客が付きましたし、経済底上げの恩恵は受けていると思います」。
    ――住宅難は昔から言われているものの、ベオグラードはこの数十年でそれほど人口が増加したわけではありません。なぜ近年ブームが生じたのでしょうか?
    「地方都市の少数富裕層は、投機目当ての取引も含めて、平米700ユーロの物件を地元で買うよりも首都で平米1800ユーロの家を買いたいと思うものです。セルビア経済のベオグラード一極集中傾向が今後も続き、将来のビジネスチャンスは地元にはないと考えているのです。またセルビア以上の好況を呈しているモンテネグロ・マネーがベオグラード不動産業界に流入していたことは間違いありません。ただノヴィ・ベオグラードは飽和に近づいているし、モンテネグロが最近金融引締め政策に転じたこともあってマネー流入は手控えられるでしょう。
jovic.jpg
「経済が活発化し旅行業界は実績を伸ばしている」とティム・トラヴェル社ヨーヴィッチ社長
今後は超富裕層ではなく少し下の、しかしより広い層で首都準中心部・郊外での売買が活発化すると読んでいます。物件単位では巨額にはなりませんが、顧客の数は増えるでしょうね」。

    夏と言えばセルビア人がみな海を目指す季節です。日刊ダナス紙によれば、「今年外国で夏を過ごすセルビア人は前年比20%増」(7月5日付)とのこと。中心部と郊外の接点、スラヴィヤ広場にある旅行代理店ティム・トラベル社のヨーヴィッチ社長に話を聞いてみました。
    「記事の通り、正にウチも約20%増ですね。旅行業界は年々実績を伸ばしています。やはりセルビア経済が活発化していることは間違いないと感じられます。ウチは小さな代理店ですが、セルビア人伝統のヴァカンス先ギリシア北部に力を入れていることもあり、今年は顧客3000人(または家族)、延べ約3万泊を扱うことが出来ています。平均的なお客さんは家族でアパルトマン式ホテルに10日滞在、4〜600ユーロ(約6・7万〜10万円)の支出というところです」。
    ――500ユーロと言えば一般のお客さんは平均月収くらいは出すということになりますね?
    「お客さんから見れば銀行の個人向け信販が使えることもありますが、セルビア人はカネがあると使ってしまうところがありますからね(笑)。ウチは中流階級のお客さんが大半で人気は廉価なアパルトマン式ホテルです。
vlajsavljevic.jpg
17年ぶりのクロアチア便就航。JATエアウェイズのヴライサヴリェヴィッチ社長は「海岸観光の季節だけで終わらせない」とする(画像提供:infobiro.tv)
しかし全体からみれば少数ですが、クレタ、ロードスなど有名観光地の高めの滞在地も予想外に顧客を集めています。来年以降、新政権でセルビアの政治状態が良くなりEU先進地域へのヴィザが取りやすくなれば、スペインやコートダジュールにもコースを設定したいと考えています。ただし8割はベオグラードのお客さんですし、首都と首都以南の経済格差は大きいと思います」。

    ユーゴ航空(JATエアウェイズ)は7月3日、ベオグラードとクロアチア・プーラの間で週2便の定期便を就航させています。セ・ク両国間の空の便の復活は紛争勃発以来17年ぶりのことになります。同航空のヴライサヴリェヴィッチ社長は「ベオグラード発だけでなく、プーラのお客さんからの予約もたくさん入っているので驚いている。夏だけでなく秋以降もクロアチアとの協力を強化していきたい」と語っています(infobiro.tv7月4日配信)。筆者は昨夏バスでプーラに近い海岸の町ロヴィーニュに行きましたが、同時発着するベオグラード、プーラ両ナンバーの長距離バス2台での便が海岸観光客で満席に近い状態でした。セルビア・クロアチア間のバスと言えば、難民など民族主義の荒波に翻弄されたイワクありげな客ばかりだったのは昔の話。観光に関しては両国の関係正常化はかなり本格化したと言えるようです。

    普段は決して浪費家ではないけれども、ヴァカンスや年末商戦期など、あるタイミングである種の商品に対してはポンと気前良く使ってしまうセルビア人は私の周囲にも少なくありません。
krediti.jpg
ベオグラード市内の銀行の入り口にある住宅ローンの宣伝。こうした銀行の個人向け融資・信販が消費者の購買力を高めてきた
こうした「人生を楽しむ」国民性も背景にあることは確かですが、ティム・トラベル社のヨーヴィッチ社長が言及しているように、個人消費の原動力の一つとなっているのが銀行による個人向けの融資、信販です。
    かつて第51回配信に書いたように、90年代経済制裁下は国民の銀行に対する信用はゼロでしたが、外資系銀行の参入やユーロ導入とともに状況は一変。市民が普通に銀行を利用するようになりました。こうした中、クレジットカードの普及とは別に、03年以降各銀行は競って個人向け融資、信販業務を始めています。住宅、自動車、学費などのローンはもちろん、数百ユーロ単位の家具、電化製品や前述の旅行などに関しても、銀行が店舗と提携して24ヶ月や36ヶ月の割賦を認め、消費者の購買力を事実上高めることに貢献しています。ただしこの数年は安定しているとは言うものの、やはり長期的信用があるのはディナールではなく外貨。法人向けの大口融資だけでなく個人の住宅ローンでも、ユーロ(またはスイスフラン)建てでの返済条項を採り入れた融資が多く組まれています。
    欧州中銀(ECB)は7月3日ユーロ圏のインフレ圧力への対抗策として政策金利引き上げを決定。過去5年利下げがないユーロの相対的高金利がしばらく続きそうです。このため最近のセルビアでは消費者側が融資の利用を控え始め、ピークは過ぎた感があります。しかし既に住宅ローンを組んでしまった個人にとっては、利上げでユーロ建て部分の返済額が自動的に数%高くなってしまうことになります。
nbs.jpg
経済の健全な発展には政府の財政政策だけでは不十分だ。セルビア中銀(写真)の賢明な金融政策の続行が期待される
現在はディナールが強いため、利用者がユーロ建てにも対応できていることが救いです(なお各銀行は融資の頭打ちを受け、今度は外貨定期預金の利上げによる顧客獲得競争を強化。ユーロに余裕のあるセルビア人にとっては年利5〜6%と、日本の米ドル建て外貨定期預金などに比べかなりオイシイ状態が発生しています)

    アメリカとの経済的な関係が薄いセルビアは、プライムローン問題から直接の影響を受けないというのが識者の一致した見方です。しかし金融市場の混乱や原油価格高騰を背景に、米日は言うに及ばずユーロ圏でも景気後退が懸念されている世界的状況に逆行するかのようなセルビアの民間需要・個人消費の好調。マクロ経済統計が順調とは言い難い数字を示している中、ひと昔前のこの国を知る筆者から見れば「妙な」ほどの順風ですが、本当に続くのでしょうか。
    今後、経済政策の最大の課題はインフレ対策だとする点で、中銀関係者や経済専門家の声は一致しています。本稿前半でも指摘したように、政治家が選挙戦や政権維持を有利にするために約束してしまう年金増額、減税などを見直さなければならないとするのがその大半の意見です。「年金に代表される公共支出を抑えなければインフレは抑えられず、GDP7%成長は絵空事になってしまうだろう」(スタメンコヴィッチ経済研究所客員研究員、週刊エコノミストマガジン誌7月14日付)。
     しかし財務コンサルタントのカティッチ氏は、悪いのは全て政治家の財政(無)策のせいにしようとする中銀こそ為替政策の見直しをすべきだ、ディナール高ユーロ安で消費者の購買力が実力以上に膨らんでいることこそインフレの真の原因だ、と鋭く指摘します。「今のディナール高では入超が止まらない。外国にとって物価高のセルビアには輸出促進に必要な投資は見込めない。財政支出削減はインフレ策として必要ではあるが、それだけでは付け焼刃に過ぎない。本質的な対策はむしろ中銀によるディナールの切り下げにある。短期的には消費者に我慢を強いることになるし、個人や企業が取り付けた融資返済額を実質増額してしまい、銀行経営も政権もぐらつくことになるかも知れない。しかし長期的には輸出指向の投資により生産が促進され、失業対策にもなる。対外収支を良化させ、政府予算を効率的に組めるようになる。中東欧、中南米など多くの中進国が似たような悩みを抱えているのを知っていながら同じ道を辿る必要はない」(日刊ポリティカ紙6月30日付)。
    先進国でも中・後進国でも、経済政策は往々にして「あちらが立てばこちらが立たず」。欧州最貧国レベルから底上げした中進国のかじ取りもなかなか難しいもののようです。

<最新ニュース>カラジッチ容疑者逮捕

rasath.jpg(0084)
   本稿送稿直前の7月21日、ボスニア紛争時セルビア人支配勢力「大統領」で、戦犯容疑者の「大物」カラジッチ容疑者がベオグラード郊外で逮捕されました。同容疑者は虐殺、虐殺への関与、人道に反する罪など11点でオランダ・ハーグの旧ユーゴ戦犯国際法廷から95年に訴追(最新の起訴状は02年改訂)されていますが、96年以降行方をくらましていました。22日現在の情報によれば、同容疑者は眼鏡を掛け、白い髭を長く伸ばすなど容姿を変えて、ノヴィ・ベオグラード地区を本拠地に偽名で代替医療・瞑想の専門家として活動。一般向け健康・医療雑誌に記事さえ寄稿していたとのことです。身柄は現在特別裁判所に留置、国内法に基づく基本的取調べの後、ハーグへの移送が予想されています。本人確認に際しては否認せず、取調べには黙秘で応じているとのこと。EUソラナ上級代表(共通外交安保政策担当)は「(不十分とされていた)セルビアの対ハーグ法廷協力に関する評価が大きく変わるだろう」と肯定的に捉えています。セルビア・ツヴェトコヴィッチ首相らほか親欧勢力は異口同音に「EU加盟への重要な前進」としています。一方ニコリッチ・セ急進党党首代行ら民族派勢力は「逮捕は恥ずべき行為だ」とし、抗議集会の組織を予告。一方今年2月の米大使館放火など破壊的活動で知られる極右青年勢力の一部は既に22日夕刻、首都最中心部の共和国広場に集結し機動隊と小規模衝突が起こっています(機動隊は催涙弾を使用、現在のところ負傷者なし)。なお第一報が流れたのは深夜で、しかもサライェヴォは強い雨が降っていましたが、ボスニアの首都中心部に多くの市民が自発的に集結しカラジッチ逮捕を喜びました。ボスニア・セルビア人共和国のドディック首相も留保付きながら肯定的に評価しています(以上はTV−B92、22日放送及び極右サイトStormfront White Nationalist Communityセルビア版)。

(2008年7月下旬)


「旧ユーゴ便り」は非商用サイトであり、特定の法人、店舗等の営利宣伝を目的とするものではありません。画像を提供して頂いたinfobiro社、執筆に協力して頂いた諸氏に謝意を表します。画像の一部は、2008年2月に日本のテレビ報道取材に通訳として同行した際筆者が撮影したものです。その本ページへの掲載に当たっては、通訳上のクライアントから承諾を得ています。画像・本文とも無断転載はかたくお断りいたします。
Zahvaljujem se na saradnji: infobiro.tv, TIM Travel i "Sima" nekretnine. Zabranjena je svaka upotreba teksta i slika bez odobrenja.

プロフィール> <最新レター> <バックナンバー> <旧ユーゴ大地図
落書き帳(掲示板)> <関連リンク集> <平和問題ゼミナール> <管理者のページ


当サイトは、リンクフリーです(事後でもいいので連絡ください! →筆者メール )。
必ずカバーページ(http://www.pluto.dti.ne.jp/katu-jun/yugo/)にリンクをはってください。

CopyRight(C)2008,Masahiko Otsuka. All rights reserved.
Supported by Katsuyoshi Kawano & Kimura Peace Seminar
更新記録大塚真彦プロフィール最新のレターレターバックナンバー旧ユーゴ大地図落書き帳関連リンク集平和問題ゼミナール管理者のページへ