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そして、深夜。呼び出された場所に亜里沙が現れ、無事を確認し、一同はややほっとした。しかし、肝心の京一はまだ現れない。その代わりに、拳武館最強の使い手と称する男が現れる。拳武館のものであろう学生服に身を包んだ長身の男がそうであった。隙のない挙措に龍麻も最強を認めざるを得なかったが、それで龍麻が怯むわけはない。
 「ふん…テメェが拳武館最強か。」
 龍麻は鼻で笑って挑発するように言う。
 「君が緋勇龍麻だね。…悪いが、死んでもらうよ。」
 冷静に、口元に薄い笑いを浮かべて壬生と名乗る男が言う。
 「無口だと聞いていたが…そうでもないか。」
 龍麻は独り言のように呟いてにっこりと微笑んだ。
 「壬生、だっけ?無駄だよ、お前に俺は殺せない。」
 龍麻の言葉に壬生がむっとした表情になる。
 「随分と、自信があるようだ。」
 壬生は静かな口調だが、その言葉に明らかに気分を害してるという怒りの感情がたっぷりと篭められている。
 「どうしてもやりたいっていうならつきあってやってもいいが。…ああ、そうだ。負けたら、オマエ、俺の舎弟になれよ?」
 ふふっと笑って言う龍麻に、側で聞いていた醍醐の顔がやや引きつっている。
 一体、龍麻のこの自信とはどこから来るのだろうか、醍醐には理解不能である。最強を誇る暗殺集団の中のさらに最強の人間を相手にどうしてここまで大きな態度に出られるのだろう。
 「ひーちゃん、減らず口。」
 小蒔も顔を引きつらせ、挑発している龍麻を見て呆れていた。
 しかし、壬生の背後にぞろぞろと拳武館の人間が増えていくのを見た龍麻がいきなり不満そうに声を上げる。
 「あ、ちょっと待て。オマエ、それずるいぞ。人数、多いじゃん。じゃあ遠慮なく俺たちも援護よんじゃおうっと。」
 さっきまでの緊迫した雰囲気はどこへやら、明るく言って龍麻は携帯を操作する。そうしてから、ゆっくりと壬生に向き直った。
 「もちろん、オマエは俺が遊んであげるよ?」
 そういう龍麻の表情が今までにないくらいに凶悪だったのを、そのとき壬生以外には誰も見ていない。
 ゆるりと前に歩み出ると、壬生の前にざざっと拳武館の人間が立ちふさがる。それを龍麻は邪魔だとばかりに遠慮なく次々と叩き伏せていく。
 援護要請のメール着信ですぐにやってきた如月が現場に入った時には、既に龍麻の前には2、3人が無残にも転がって、意識がないのかぴくりとも動かない。邪魔そうに、龍麻はそれを足でどけて壬生に近づいていく。龍麻に襲い掛かってくるザコとやりあいながら龍麻は大声で指示を飛ばす。
 「醍醐、そっちのザコ頼む。サポート、小蒔。」
 「オッケー!」
 「如月!こっちだ!」
 「ああ。」
 襲い掛かってくる拳武館の手のものをあっさりと片付けながら龍麻は徐々に壬生に近づいていく。
 その中で如月を呼ぶ龍麻に、葵は表情を曇らせた。
 「美里ッ!醍醐の回復っ!」
 「はっ、ハイッ!」
 厳しく飛んできた声に慌てて醍醐のいるほうに向かう。ちらりと振り返ると、如月が龍麻の側で戦っているのが目に入る。龍麻が一撃で倒せるように飛水十字などの遠距離攻撃の技を使って先にある程度ダメージを与えておく。
 葵はその光景を首を振って視界からも、頭の中からも追い出すと醍醐の回復に向かっていく。
 「さてと。邪魔者は片付いたね。」
 にっこりと微笑んで龍麻は壬生の前に立つ。如月は新たに援軍がこないように龍麻の側で警戒しながら二人のやりとりを見つめていた。
 「好きなところからどうぞ。」
 からかうように挑発された壬生の冷たい表情がさらに冷たくなり、目を細め、怒りの感情を身のうちから滾らせていた。
 「さぁ、どうぞ?」
 龍麻は手を広げた。
 「遠慮なく。」
 壬生はその長い脚で鋭い蹴りを龍麻に叩き込む。その衝撃に後ろに下がった龍麻に、壬生は不敵に笑うとさらに近づいて新たに蹴りを加えた。
 「ぐっ…。」
 ごほごほとむせながら後ろに飛ばされた龍麻がゆらりと立ち上がる。如月はその姿に目を覆いたくなるが、それでも龍麻が望んでしていることだから手出しはすまいと決め、ただしすぐに回復ができるように薬だけは用意しておく。
 「ふっ…そんな、ヤワな蹴りで、俺を殺ろうと?」
 すぅっと腕を上げ龍麻が反撃の構えを見せる。
 「拳武館最強が聞いて呆れる。」
 そう言うが早いか、龍麻は神速で壬生の胸元に入り込み、いきなり秘拳黄龍を食らわせる。壬生の長身が後ろに飛び、椅子にしたたかに打ち付けられて倒れ込んだところに追い詰めるように近づいて微笑んで彼を見下ろす。
 「まだ倒れるには早いよ?…そうそう、亜里沙を助けてくれてありがとう。それには感謝する。」
 そう言いながらさらに八雲を連続で浴びせ掛けた。壬生の体は龍麻からの衝撃と攻撃によって後ろの椅子に打ち付けられる衝撃とでダメージを食らってすでにぐったりとしている。
 「まだやりたい?」
 にこ、と柔らかく微笑む龍麻に壬生は目を見開いて、うまく動かない体を起こし、体にかろうじて残った体力でふらふらと、どうにか立ち上がる。その目はまだ諦めてはいず、ぼろぼろな体に、強い視線で龍麻に対峙した。
 「さすがに拳武館最強だけはある。根性は一流だね。俺にこんだけ食らったら普通はもうくたばってる頃だよ。」
 そう言って、もう一度龍麻は八雲を浴びせた。壬生の体は椅子に打ちつけられたまま、ぜいぜいと荒い息で呼吸するだけでもう立ち上がってはこなかった。
 「俺の勝ち、だな?」
 あっけらかんと、笑って言う龍麻に、壬生は最初驚いた表情で、続いてゆっくりと頬を緩ませ、初めて笑って、それから起き上がろうとして体の痛みに思わず顔をしかめる。龍麻は壬生の百面相に大笑いしながら手を差し伸べて助け起こして、その場にあった椅子に座らせてから回りの様子を見回した。
 「片付いたか?」
 反対側で戦う醍醐に尋ねると遠くのほうから終了の返事が聞こえる。
 「あー。葵あっちだっけ?じゃ如月、こいつの治療頼む。」
 「分かった。」
 龍麻がこちらに戻ってくる醍醐たちを迎える間に、如月は薬を取り出して壬生に飲ませていた。
 「…どうだ?」
 調子を問う如月に壬生が軽く頭をさげる。
 「…平気だ、ありがとう。」
 「礼はいい。立てるか?」
 「ああ。」
 壬生が如月の助けでゆっくりと立ち上がり、龍麻の前に進み出る。
 「負けたら、舎弟になるんだったな。」
 壬生が苦笑混じりに龍麻に言うと龍麻のほうも笑いながらうなづいた。
 「で。京一はどうしたんだ?おまえらんトコじゃないのか?」
 「蓬莱寺はいない。うちに確保していたのは彼女だけだ。…君は本当に彼が生きていると思っているのか?」
 壬生の質問に龍麻はふ、と短く笑った。
 「あいつはゴキブリよりも生命力強いからな。」
 龍麻の言葉に壬生も短く笑った。
 「…にしても…ったく…。」
 如月は龍麻の側で、やがてどこかからか現れるだろう京一の身の上がとてつもなく心配になった。拳武館に捕まっていないということは十中八九、京一が無事でいることになる。そして、自らが無事であるのに藤咲を助けなかった京一が龍麻にぶちのめされることは火を見るよりも明らかであるからだ。
 「壬生。舎弟になったからには俺の力になって戦え。いいな?」
 例の、王様命令口調で壬生に言う龍麻に、周りに集まったみんなから密かに笑いが漏れる。
 「僕は、君の仲間を殺そうとした人間だよ?それでも信じるのかい?」
 壬生は驚いた表情で龍麻に聞き返す。
 「おまえはホンモノの拳武館の人間だろう?」
 にや、と龍麻が笑う真意を壬生は諮りかね、黙ったままでいる。
 「だから、信じるさ。…もっとも、そこにいる卑怯なやつらは本当に拳武館なのかどうか知らんがな?」
 そう言って龍麻が振り返った先には、でっぷりと太った巨漢と、凶悪な剣士が立っていた。
 「壬生、掟を破った人間がどうなるか、わかっているんだろうな?」
 凶悪な剣士は壬生をにやにやと笑いながらその剣を構える。
 「あ、その前に質問していい?」
 壬生と剣士の緊迫したやり取りに、その雰囲気には不似合いな龍麻の声が明るく響く。
 「俺の暗殺って、館長の承知しているところ?」
 にこにこと笑顔を浮かべて明るく尋ねる龍麻に、くくっと八剣が笑いを漏らす。
 「今ごろ、館長は海外さ。何も知らずに戻ってきたところを、始末する手配になっている。」
 その言葉に壬生が気色ばむ。
 「きさまっ!」
 「壬生、あの世とやらに先に行って館長を出迎えてやれ。愛弟子のオマエがいればさぞかし館長も喜ぶだろうよ。」
 壬生は冷たい表情を怒りに変えていく。ぎりぎりと歯軋りし、壬生の額に血管が浮き出て、さながら憤怒の不動の如くといったようだった。
 「僕たちの抹殺を依頼したのは誰っ!?」
 小蒔の叫びに武蔵山がぐふぐふと奇妙な笑いを浮かべる。
 「受けたのは副館長でごわすが、依頼主は赤い学生服を着た男でごわす。」
 得意げに答える武蔵山を壬生が呆れた顔で見、そしてさげすむように嘲笑した。
 「クライアントのことをべらべらと喋るとは、落ちたものだね。」
 「喋ったところで、お前達はここで物言わぬ骸になるんだ。かまうまい?」
 八剣の剣はぴたりと龍麻に向けられる。
 「オマエの抹殺が最優先になっている。何をしたか知らんが、あの世とやらで悔やむがいいさ。」
 そう言って八剣から鬼剄が発せられようとした刹那、龍麻を突き飛ばし、その間に入ったものがあった。
 「ぐ…。」
 苦しげに床に体を横たえたのは壬生。
 「壬生…オマエ…。」
 呆然と、龍麻は自分の足元で蹲る壬生に慌ててしゃがみこんで彼の容態を確認する。まだ致命傷にはなっていない。これならば治療すれば元のとおりになる。
 「君たちは行くがいい。…これは拳武館内部の問題だ…。」
 苦しげに顔を歪ませる壬生は、それでも龍麻たちを逃がそうとするが、龍麻はゆっくりと頭を振って、ゆるりと立ち上がる。
 「誰か、こいつを治療してやれ。」
 そう言ってから八剣たちに向けられた酷く冷たい龍麻の表情にみな驚いて息を呑む。驚いて動けない葵の代わりに再び如月が壬生を治療すべく薬を渡した。
 「かわいい舎弟がやられて黙っているわけにいかないだろ。…それに、拳武館内部の問題だというのなら、なおさらだ。」
 龍麻は二人に対して向き直る。
 「葵。如月と壬生に力天使かけてやれ。それがすんだら醍醐と小蒔とで反対側のザコの掃討。壬生、如月。このクソバカ共のお仕置き。残りは中盤にいるザコで遊んでて。」
 指示を出してから、さてとと呟きながら八剣たちに対して構えをとった。
 「けっ。てめぇなんかにやられるか。」
 八剣から再び鬼剄が発せられた瞬間に、またも龍麻の前に入ってきたものがあった。
 「おせーよ!」
 龍麻の怒鳴り声がホームに響き、みんなぎょっとして龍麻のほうをみる。そこには、行方不明だった京一がトレードマークの木刀を肩に、笑いながらたっていた。
 「なんだよ、もうちょっと驚いてくれたっていいじゃんかよぉ。」
 颯爽と、かっこよく龍麻をかばって出てきたはずなのに、感謝の言葉どころかいきなり文句言われ不満そうに京一は顔をしかめ、そんな彼に龍麻は憮然とした表情のまま返事をする。
 「さっき壬生がかばってくれたからな。二度目は感動も薄れるんだよ。…ときに、京一。こいつら片付けたら説教だ。」
 「えーっ?なんでぇ、ひーちゃん?」
 「なんで亜里沙置いて逃げるんだよ。オネーチャン好きを自称するなら、てめーが死んでも亜里沙は助けろよ。」
 「あ、そうだ!亜里沙は!?」
 「今更思い出すなよな。亜里沙は壬生が助けてくれたよ。」
 京一が龍麻の隣で八剣たちと対峙している長身の男を見る。
 「あんたが壬生?ひーちゃんと亜里沙、助けてくれてありがとな?」
 笑顔で言われて、壬生は苦笑してうなづいた。
 「京一も戻ったし、そろそろ粗大ゴミ片付けないと。」
 龍麻がにぃっと唇の端を不気味に吊り上げる。
 「うるせぇっ!今度は間違いなく地獄に送って…。」
 その八剣のセリフが終わらないうちに京一は八剣に技のラッシュをかける。八剣の体が吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
 「地獄を見るのは、どっちだろうね?」
 くすりと笑って壬生がさらに追い討ちをかける。
 龍麻は武蔵山相手に技を連続でかけていく。合間に如月が遠距離から攻撃を仕掛け、徐々に体力を奪っていった。
 「言い残すこと、ある?」
 龍麻が凍りつくような表情で尋ねる。
 「ないよね?副館長とやらも、すぐに合流できるからさ。先に待っててね。」
 口調は優しいが、目は笑ってはいず、そのまま龍麻は一気に黄龍で武蔵山にトドメを刺した。
 一方、八剣はといえば、京一と壬生でとどめをさし、床に沈めた。ダメージがかなり大きいのか全く身動きもしない。
 「他も片付いたようだな。」
 龍麻の言葉に壬生は軽くうなづくと自分の連れていた部隊の人間に、みんなにやられて床に転がっている者を拳武館に連行するように指示を出す。
 龍麻は八剣や武蔵山の連れていた人間が連行されていくのを見ながら制服のポケットから携帯を取り出した。どこかへ電話をかける龍麻を壬生も京一も如月も不思議そうな顔をして眺めている。
 「ジジイか?俺だよ。」
 わずかの間のあと、龍麻が喋りだす。
 「…今の事態知ったら、そんな口は利けなくなるね。…何かあったか、だと?大有りだよ。ジジイんとこのアホ2人ほどのしたからな。」
 壬生の顔がすぅっと真顔になっていく。
 「副館長が無断で仕事を請け負ったようだぜ?…とぼけるなよ。全部ばれてるぜ?」
 くくっと龍麻の喉がおかしそうに笑う。
 「それもな、俺たちの暗殺依頼だよ。…無事か、だと?当たり前だろ?無事でなけりゃ誰が電話かけてんだよ?」
 壬生の顔が段々と青白くなっていく。龍麻はその様をおかしそうに見ながらなおも話を続けた。
 「今ごろは副館長は逃亡しているかもしれないな。あ、そうそう。じじい、帰国のときには注意しろよ?待ち伏せして殺すつもりだったらしいから。」
 それで壬生は電話の相手を断定できたようで、すっかりと顔面は引きつって青くなっていた。
 「で、八剣と武蔵山?あれのしちゃったから。え?壬生?壬生、壬生ねぇ。」
 くすくすと龍麻が笑う。
 「俺の目の前で顔面蒼白になってるよ。今日から俺の舎弟になったからね?代わる?」
 龍麻がおかしそうに笑って携帯電話を壬生に投げてよこした。受け取った壬生は恐る恐るといったように携帯に出てみた。
 「…っ、申し訳…ありませんっ!」
 開口一番に詫びの言葉が入り、龍麻はそれを合図に爆笑する。
 「承知しました。…ありがとうございます。」
 短く返事をして、再び壬生は携帯電話を龍麻に戻した。龍麻は笑いすぎて出た涙を擦って携帯電話を受け取って再び喋り始める。
 「そーゆーわけだから。後始末は自分でちゃんとつけてよね?じゃ。」
 龍麻が電話を切ると壬生が工作部隊を呼び出し、現場の後始末を命じている。
 「さてと。京一。」
 龍麻はくるりと京一のほうに向き直る。
 「ちょっと顔かせ。…そうだな、壬生。おまえも来い。」
 呼ばれた壬生は怪訝そうに首をかしげている。
 龍麻は解散を言い渡すと醍醐に美里と小蒔を送り届けるように言い、そのまま京一と壬生を連れて如月の家に向かうことにした。タクシーの中で終始龍麻は不機嫌そうにしていて京一にすれば居心地の悪いことこの上もなかった。
 
 
 
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