「あの…バカ…。」
如月骨董品店の座敷。先ほどから開いている本には目も落とさずに、龍麻はイライラしたように呟いた。
「蓬莱寺ほどの人間が、やすやすと落ちるようなことは滅多にないと思っていたが…。」
如月がお茶を淹れて龍麻に勧める。
「藤咲君も一緒となると、事態は多少悪くなるかもしれないね。」
如月からのお茶を受け取ると、うーんと龍麻は短くうめく。
「亜里沙だって並大抵の女じゃないからな。…ただ、この都内に、亜里沙と京一でも適わない相手がどれだけいるかってことだよな。」
ず、とお茶をすすってから考える。
「オネーチャン好きを自称するなら、命に代えても護ってみろって言うんだよ。」
龍麻の悪態に如月が苦笑する。
それでも龍麻は京一が無事であることを信じているらしい。そういうところが龍麻らしく感じられて如月はくすりと小さく笑いを漏らした
「如月。おまえ、思い当たるところがあるんだろう?」
急に尋ねられて、如月は驚いた顔をして、それから唇の端をゆっくりと上げて微笑む。
「全く、龍麻には適わないな。…ひとつだけ思い当たるところがあるにはあるんだが…。」
「だが?」
「そこは、一介の高校生をつけ狙うようなところじゃない。」
「じゃあ、そこ以外には?」
「残念ながら。」
お手上げだとでも言うように如月が肩を竦めて見せる。
「そこ、強いのか?」
「ああ。…いわゆる暗殺集団だよ。…特にここ2、3年ほどの仕事の完遂率は目を見張るほどらしい。…ああ、でも最近しくじった奴がいたようだ。いずれにせよ、高校生如きを狙うはそこのポリシーに反するからね。」
「ふぅん。」
龍麻はお茶請けに出されたおせんべいをぽり、と齧る。
「やっぱ、ヤな予感する。」
龍麻の言葉に如月もうなづく。
「如月、どう思う?」
「どうって…そうだね、僕も絶対に何かあったと思っているよ。今、事態が事態だからね。」
さらりと言う如月に龍麻はうんとうなづいた。
「やっぱ、そう思う?」
「当たり前だよ。」
言い切る如月を頼もしく思いながら龍麻はお茶を飲み干すと立ち上がった。
「わりぃ。俺、帰るわ。うちに戻って、ちょっと連絡したい相手がいる。」
「ああ。…龍麻。君も気をつけるといい。」
如月の言葉に龍麻はふわりと微笑んで、そして掠めるように如月の頬にキスをする。
「サンキュ。なんかあったら、呼ぶ。」
「ああ。待ってるよ。」
そうして龍麻は夕闇の迫る街へ飛び出していった。
翌日、醍醐の元に届いた手紙を見て龍麻は烈火の如く怒っていた。そして、その差出人が拳武館ではないかと予想がつくと、なおさら激しく龍麻は怒り狂う。
「くっそー、ふざけろよ、拳武館!」
直後、龍麻は不機嫌なまま如月の所に電話をかけ、真神学園に呼び出した。何事かと呼び出された如月が急いで駆けつけると、龍麻たちは丁度天野から拳武館の情報を聞いたところだった。
「如月。昨日言っていた暗殺集団って拳武館のことか?」
龍麻の怒りはかなり激しく、そう言った目は完全に据わっている。
「ああ、そうだ。良くわかったね。」
「拳武館って、葛飾区にある拳武館高校、そこのことか?」
「表向きは質実剛健をモットーとする武道で有名な高校。裏の世界では優秀な暗殺集団。有名な話だ。」
言い切る如月に龍麻がぎりぎりと歯軋りをする。
「ちくっ…しょ…。」
握りこぶしは力が入って真っ白になり、学生服の袖口を捲り上げているところから見えている腕は怒りを無理やり力づくで押さえ込んでいるために、筋肉がびきびきと筋ばっている。そうして、一時期の激情をなんとか封じるとやおら携帯を取り出してどこぞへ電話をかけ始める。
「チッ!留守かよ。」
舌打ちをした龍麻はそのまま電話機に向かって怒鳴りつける。
「くそジジイっ!聞いてたら連絡よこせっ!」
そう言って乱暴に、自分の名前も名乗りもしないでそのまま電源を切ってしまう。
「今日の夜中、か。」
憎憎しげに言う龍麻に天野は驚いた。
「まさか、あなた、本当に呼び出しに応じるつもりじゃ…?」
心配する天野に龍麻はぎらぎらと怒りに燃えた目を向けて、幾分冷静さを取り戻した声で答える。
「つもりだよ。…京一のアホと亜里沙のことも聞かなくちゃだしな。」
「危険だわ!拳武館は…。」
「拳武館だからだよ。」
龍麻はそう言って醍醐を見る。
「…おまえはどうする?」
「無論、いく。」
「ボクも!」
「私も行くわ。」
龍麻は3人に微笑んでゆるりと天野を振り返る。
「大丈夫。俺たちは負けない。…拳武館ごときが俺たちを殺せるはずがない。」
龍麻のその自信がどこから来るのか、天野には分からなかったが、それ以上ひきとめることもできず、注意を促すことしか出来なかった。
「君たちだけでいくつもりか?」
如月の言葉に龍麻がこくりとうなづいた。その決意の程がいかに硬いか、龍麻の目をみればすぐに分かる。
拳武館がいかに危険な組織か如月はよく知っていたが、楽観はよくないかもしれないが、確かに拳武館の力をもってしても今の龍麻を倒すことは不可能かもしれない。それに、如月は龍麻のわけのわからない自信の裏には何か必ず根拠となるものがあるような気がしていた。
「では、僕は外で待機していよう。…もしも援護が必要ならば呼ぶといい。」
如月の言葉にくすりと龍麻が笑う。
「ああ。そうしてくれ。それにアイテムが入手できるかもしれないから。」
「ちょっと…あなたまで、そんな危険な…。」
天野が驚いて如月を止めようとするが、如月が薄く笑ってかぶりを振る。
「危険、だというのならあなたの方だ。一介のジャーナリストが拳武館を調査して平気なわけがない。」
「あなた…なぜ、拳武館を?」
天野の問いには答えずに、如月は微笑んで龍麻のほうを見る。
「おそらく、暗殺部隊のほかにも隠蔽工作専門の工作部隊も待機しているだろう。暗殺部隊ほどではないが、それなりに腕はあるはずだ。充分に注意するといい。」
「ああ、ありがとう。」
にこ、と龍麻が微笑んだのを見て如月もうなづいた。
どうやら少しでも役に立てたようだと思うとそれだけで嬉しくなる。
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