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「如月…骨董品店…?」表通りでタクシーを降り、歩きで店の前まできた。壬生は看板にかかれている文字を小さな声で読み上げて首をかしげる。
 「如月の店だよ。」
 龍麻が言うと、あ、と壬生が納得したように声を上げる。如月はにこ、と柔らかく微笑んで肯定の表情を浮かべた。開錠して店から中に入るとそのまま座敷へ上がっていく。
 「遠慮しないで上がるといい。」
 如月に促され、当然のようにして座敷に上がり定位置に座る龍麻に続いて京一と壬生が座敷に上がる。如月は台所に入っていき、初めて座敷に上がった京一はものめずらしそうに座敷内を見回し、さらに初めてここにきた壬生は店の中にある雑多なものが珍しいらしく視線が店内のものの間を彷徨っていた。
 「如月、アレ、どこやった?」
 「店にあるだろう?」
 台所から如月の声が戻ってくる。
 「えーと。」
 龍麻は店先に戻ると勝手知ったるという感じで木刀と靴を持って座敷に戻ってくる。
 「まずは京一。それ、そろそろやばいだろ?スペアだ。」
 そう言ってから龍麻は京一に天叢雲を手渡した。
 「お、サンキュ。」
 「刀がまずくて負けたとあっちゃ目もあてられねぇからな。」
 龍麻は笑いながら今度は靴を壬生に差し出す。
 「おまえはこれ。」
 「これは…?」
 「伏姫の靴っていうんだ。おまえの今の靴よりか威力はある。」
 「そんな…タダでもらうわけには…。」
 壬生が遠慮すると龍麻が首を振る。
 「仲間には戦闘で得た金で装備品を購入しているんだよ。壬生も当然権利がある。」
 ほら、とばかりに再度壬生に靴を突きつけた。
 「ありがとう。」
 壬生は靴を受け取ると珍しそうに眺めていた。二人が新しい装備品の具合を確かめていると台所から如月がお鍋を持って座敷に戻ってきた。
 「夜間の戦闘でおなかもすいただろう?何もないが、腹の足しにするといい。」
 夜の戦闘で、しかも2連戦でおなかは確かにすいていた。鍋を置くとそこには暖かそうに湯気がたったうどんが入っている。
 「オッ、うまそうだな。」
 出されたうどんを前に龍麻が嬉々として箸を取る。京一も壬生もおなかはすいていたようでごくりと唾を飲み込んだ。
 「何もないとかいって、うどんがすぐに出てくるあたりが如月だよな。」
 笑いながら龍麻はうどんをすすり始めた。京一もさすがに空腹には勝てず、そのまま龍麻に倣ってうどんを食べ始める。一人、まじまじとうどんと如月の顔を見詰める壬生に如月が再度勧めた。
 「遠慮なく食べるといい。…うどんは嫌いかい?」
 「あ、いえ。…いただきます。」
 壬生は礼儀正しくぺこりと頭を下げるとうどんを一緒に食べ始める。
 男三人、無言でうどんをすする図は些か滑稽ではあるが、おなかを収めないと何も始まらない。
 「ふー、生き返った〜♪」
 上機嫌で龍麻は箸を置く。如月はそれぞれにお茶を淹れ、ついでにお茶菓子まで用意してきた。
 「で、壬生の一番知りたいことなんだけどさ。俺とくそじじいの関係。」
 「館長をそういうふうに呼ぶのは…。」
 諌めかけた壬生に笑って龍麻は手を振る。
 「あ、一応これでも親愛をこめて言ってるさ。…あの人は、俺のオヤジの親友なんだよ。俺の後見人でもあるし。」
 その言葉に京一がぎょっとする。
 「ひーちゃんの…後見人?」
 「うん。…俺さ、実の両親は死んでるんだよね。死んだオヤジの親友って言うのがあの人で、何を隠そう真神学園に転校するように勧めたのもあの人。もっと詳しく言えば、俺に武道の、というよりオヤジが使ってた技を教えてくれたのもあの人。」
 「なん…だって?」
 壬生の顔色が変わる。
 「順番で言えば、壬生が兄弟子かな。そーゆーこと。」
 こともなげに言ってのける龍麻に京一と壬生の驚愕は隠せなかった。ただ如月だけがさもありなんといった風情でうなづいた。
 「で。こっからが本題。」
 龍麻がこくりと食後のお茶で喉を潤す。
 「壬生。…オマエ、じじいから陰の技、継承したんじゃないのか?」
 その質問に壬生の表情がかたまった。それは返事をしないでも継承したと言っているようなものだった。
 「したんだな。…オマエ、気付いているかもしれないが、俺はあの人から陽の技を教えてもらった。それがどういうことか、教えてもらっているんだろう?」
 こくりと、半ば放心したような表情で壬生がうなづいた。
 「どういうことだよ、ひーちゃん?」
 さっきからわけがわからないといった感じでいた京一が尋ねる。
 「俺と壬生は二人で一対ってことさ。…陽あるところに陰あり、陰あるところに陽あり。もちろん俺たちは一人でも戦える。だけど、俺たちの本当の強さは二人揃ったときに発揮される。俺たちの武道はそういうモノなんだよ。」
 龍麻の説明に如月はなるほどと納得した。さきほど壬生が使っていた技が微妙に龍麻に似て非なるのも全てはその所為に違いない。
 「だから。京一。」
 龍麻は京一に向き直る。
 「壬生は俺と対の武道の使い手。当然、これから戦闘中も隣にいることが増えるだろう。…だからといって、壬生に妬くなよ。」
 「なっ…。」
 京一の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
 「おまえは、俺の相棒だよ。壬生とは違う。」
 耳まで赤くなった京一はぱくぱくと口を動かしているが、全く声にならない。
 「勿論それは如月にも、だ。」
 続けていった言葉に京一は思わず息を飲んだ。
 「葵にも言ったんだけどさ。俺たち、あと半年もすれば高校を卒業して自分の道をいくだろ?俺はさ、もうやりたいこととか決まってるわけ。」
 ぽり、とせんべいを齧りながら言う龍麻とは対照的に、京一はなんとなく置いてけぼりにされたような感覚を覚えショックを受けていた。いつも一緒にバカな話をして笑っていたのに。
 「そのために如月の家に来てるし、…もっとも、それがなくてもここには入り浸るだろうけど。」
 くすくすと如月の笑いが漏れる。
 「僕はね、龍麻の相棒にはなれない。…それは君の役目だよ、蓬莱寺。」
 にっこりと如月に微笑まれて、京一は穴があったら入りたいほどに恥ずかしくなる。
 「如月は…そうだなぁ、強いて言えば世話女房?」
 その言葉にくすりと壬生が笑いを漏らした。如月もそれにはさすがに赤くなり、龍麻を睨みつける。
 「そーゆーわけで。」
 如月の視線を無視して龍麻が急に明るい声を出す。
 「みすみす亜里沙を人質にとられた罰として、おまえも明日からこいつの特訓に付き合え。」
 にぃっと龍麻が微笑んで言う。
 「壬生も弱くはないが強くもないからな。もう少し鍛えたほうがいいだろう?」
 その龍麻の言葉に京一の顔色が赤から青へと変わって行く。
 「マジ?」
 「勿論、マジ。」
 龍麻のきっぱりとした答えに京一はがっくりと肩を落とした。
 「相棒っていうからには、喜んで付き合ってくれるよなぁ?」
 悪魔の微笑を浮かべた龍麻に、京一は行方不明のまま帰ってこなかった方がよかったかも、と密かに後悔していた。
 
 
 
 END
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