「平和問題ゼミナール」
旧ユーゴ便り
Masahiko Otsuka Presents
-since 1998-
(Since 98/05/31)
   
最終更新 2003/10/21

第74回配信
限りなく不可に近い可


ベオグラード中心部(2003年秋)
    筆者掛かりつけの開業(つまり民営)歯科医、リシヤック先生は「待たない、ボらない、痛くない」の3拍子揃いで評判が良く、テーマがテーマなら「成功した民営セクター」で取り上げたいほどです。先日はいつもの助手がおらず、先生自身が器材の準備をしているので尋ねると、「今日から助手は10日間の遅い夏休みなんですよ。まあ国営系の診療所なら年間30日取れる休みがウチだと3分の1ですけどね、その分給料は3倍ですから」と笑います。珍しい日本人のクライアントとは治療の前後によく世間話になるのですが、折りしもユーゴ政変から3年。「この国の生活レベルは上がり、テンポも少しせち辛くなりましたが、まだまだのんびりしたものですよ。いや、変わらなさ過ぎることに不満な人も多い。でもセルビア人たちは政変ですぐに全てがもっと早く良くなると期待し過ぎたのかも知れないですね。今が過渡期の苦しいところなんでしょう」と言います。
    反政府集会参加者の連邦議会突入を契機に、難攻不落のミロシェヴィッチ政権が崩壊した2000年10月5日のユーゴ政変から3年が経ちました。国際的孤立から脱し民主化へ向かったはずのセルビア(=モンテネグロ)は今どこに位置しているのか。今回は今春のジンジッチ共和国首相暗殺後のセルビアの政治・経済の近況をまとめてみます。

    9月10日、首都ベオグラードをメシッチ・クロアチア大統領が訪問しました。同大統領は既に4月の南東欧協力プロセス首脳会談でセルビアを訪れています(第69回配信参照)が、二国間協議のためのクロアチア元首来訪は旧ユーゴ解体による独立後初めてのことです。マロヴィッチ共同国家大統領との会談では、相互に「各国民が相手国民に対して犯した犯罪を謝罪」し、「民族全体を罰するのではなく、責任者の追及を続行する必要」が明言されました。政変後セルビアとクロアチアの緊張緩和が急速に進展していることはこのHPでも何度か報告をしています。もちろん一般市民の間では、まだまだ感情のしこりが多く残っていることは確かですし、政治家の謝罪で戦死者が帰って来るものではないことも当然です。しかし、二国間の新たな関係のページを開くこの相互謝罪は、欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)への加盟に不可欠な地域協力を進めるためにも、
9月10日に「相互謝罪」したメシッチ・クロアチア(左)、マロヴィッチ・セルビア=モンテネグロ(右)両大統領
両国にとって重要な一歩として評価すべきものではないかと思います。クロアチア政変(2000年1月)、ユーゴ政変以前には考えられなかった地平まで旧ユーゴ圏の平和が戻りつつあることは間違いありません。

    先日第72回配信のイントロでお伝えした国連軍派遣の可能性については、その後週刊ヴレーメ誌が複数の情報筋からの話として「イラク、リベリアではなくタリバン・アルカイダ勢力との衝突の可能性もあり得るアフガン危険地域への派遣準備が政権・軍内部で進んでいる」と伝え(9月25日号)、タディッチ共同国家国防相もその後「アフガン派遣が有力」と認めています(10月3日)。ヴレーメ誌の正確さがまたしても証明されたわけですが、同誌などの高級誌紙のみならず大衆系各紙にも国連軍派遣問題は話題を提供しています。

    このようにセルビアの近過去の清算、近未来への重要決定へと物事は動いています。しかし少し気になるのは、一般の反応がどうにも小さな声しか聞こえて来ないことです。相互謝罪に関しては、両国の右翼・好戦論がみな消滅したとはとても言い難い現況の中で、マスコミが敢えて反政府の声を挑発するような形で世論喚起しなかったことが一因ですが、もっと「良いことだ」「いや謝れば済むものではない」と言った両論が筆者の周囲の庶民から聞かれるかと思えば、これも今日の一ニュース、と淡々と聞き流された感がありました。アフガン派兵問題に関してもマスコミの取り上げ方ほどには巷間の話題になっているとは思えません。

    セルビア市民の「政治離れ」は急速に進行しています。昨9〜10月の共和国大統領選は、野に下りながらなおも高い人気を誇るコシュトゥニツァ連邦大統領と、ジンジッチの与党連合が推す経済派の領袖ラブス連邦副首相の一騎打ちの形になりましたが、第2回(決選)投票の投票率が50%を下回り不成立。上位二名による第2回投票では投票率に関係なく最終結果とする、と議会で規定を改正してやり直した12月の再選挙でも、第1回の投票率が45%にとどまり不成立になってしまいました(第64回配信参照)。
    憲法に従い大統領代行をミチッチ共和国議会議長が務めることになりましたが、「60日以内の大統領選公示」の規定を「共和国憲法改正が急務であり、これが成立しない場合は秋まで」と読み替えて本稿執筆現在も代行職に居座ったまま、という異常事態が既成事実化してしまいました。
2ヶ月のはずが9ヶ月以上大統領代行の座に就いたままのミチッチ共和国議会議長
が、それに対して反論しているのは一部野党政治家のみで民衆の声にはなっていないのが現状です。

    世紀の悪役ミロシェヴィッチは不在。セルビア内政はさらに与党内部の対立内紛が繰り返され、ますます政治離れが加速してしまいそうな状況が続いています。
    昨年までの対立軸は、ユーゴ政変の立役者でありながら「帝王のように振舞う」ジンジッチ共和国首相と「政敵の妨害以外は何もしない」コシュトゥニツァ連邦大統領の確執でした。が、昨秋の共和国大統領選を前にコシュトゥニツァ派が野に転じ、さらに新共同国家セルビア=モンテネグロの成立により連邦大統領職を失ったコ氏は有力野党の党首とは言え以前の発言力を失っています。ジンジッチ首相は3月に凶弾に倒れ(第67回配信参照)、ジフコヴィッチ前連邦内相を首相として再出発しましたが、与党連合(セルビア民主野党連合=DOS)の中核である民主党は党首不在のままです。
    宿敵コシュトゥニツァ派の排除に成功し、ジンジッチなき後の非常事態も大きな混乱なく乗り切った与党連合ですが、また新たな対立が発生しました。
     現政権の共和国蔵相、対外経済相、中銀総裁など経済系の要職は、昨年の大統領選を戦ったラブス元連邦副首相ら政治・党派色の薄い学者グループG17プラス(以下G17)を中心とする「経済派」が押さえていました。しかし小政党の寄り合い所帯でDOS政権内は安定せず、改革が遅々として進まないことに業を煮やしたラブスは昨年末、G17を政党として登録。自らが初代党首に就任し、ディンキッチ連邦中銀総裁(当時)を副党首の座に迎えました。
    ディンキッチは今年39才、若き経済学者としてミロシェヴィッチ政権の経済無策を批判するなど活躍してきた人物です。政変後はユーゴ連邦中銀総裁に選ばれ、通貨ディナールとマクロ経済状況の安定に貢献しました。この点が評価される一方で、連邦が消滅し新共同国家が成立した翌日、議会手続きを待たずに「ユーゴ連邦中銀」の看板を「セルビア中銀」に入れ替え新しいロゴを発表するなど、行動的ながら少々自己主張と自己宣伝の過ぎる人物というイメージもありました。
    彼に対する批判やジフコヴィッチ共和国新首相らとの不和は、既に4月の非常事態中から聞こえていましたが、6月頃から表面化しました。政権内部から発せられた、外貨準備を政府予算の補助的手段として、社会保障などミクロ的政治的な「取り繕い」に充てたいとする要求をディンキッチは断固拒否。
マクロ経済の安定に頑張ったディンキッチ(G17副党首)だが、政権との不和から中銀総裁を更迭されたのが騒動の始まり
これに対しジフコヴィッチ首相ら政権、また実業界からも一気に反論が爆発し、「政党副党首の肩書きが付いた人物が中銀総裁を務めることは出来ないはずだ」などのバッシングが続きました。これによりディンキッチは辞職を余儀なくされ、7月22日ウドヴィチュキ鉱業・エネルギー担当相が新総裁として共和国議会で選出されました。経済派は、政党化したG17に残り政権を離れる意思を明らかにしたグループ(ミロサヴリェヴィッチ共和国厚生相=辞意表明、イェラシッチ中銀副総裁=辞職)と、政権側にとどまるグループ(ジェリッチ共和国蔵相、ウドヴィチュキ新中銀総裁ら)に分裂せざるを得なくなってしまいました。
    しかし新総裁選出直後からディンキッチとG17の反撃が始まりました。「現政権のダーティーな部分を暴く」として、ヤヌシェヴィッチ共和国首相顧問(安全・金融対策)、コレサル不良銀行整理委員会委員長の二人の口座に、セイシェル、キプロスなどのトンネル会社を経て計70万ユーロのカネが流れている(らしい)ことを暴露。コレサルは「不動産購入のための個人的な資金であり、国費・公金横領ではない」などと弁明、ジフコヴィッチ首相も二人をかばう発言を繰り返しましたが、結局二人は辞職に追いやられました。
    さらにG17は記者会見で、国営セルビア放送の映像を報道陣に見せながら、7月22日の新中銀総裁選出の際、必要な議決定足数の出席(250議席のうち過半数)がなかったと発表し、ディンキッチ前総裁更迭の無効を主張しました。同党によればポポヴィッチ議員ら民主党議員数名が議会場への出席を示す電子カードを操作し、欠席しているはずの議員を出席していることにして定足数を稼いだ、というものです。出席扱いになっていた民主党のアルネリッチ議員は、この日夏休みでトルコの海岸の町ボドルムにいたことが発覚。同議員は当初「ボドルムからイスタンブール空港までタクシーを飛ばして議決に駆けつけた」と苦しい言い訳をしましたが、テレビ画像にはどのアングルから見てもアルネリッチ議員の姿は映っていません。同議員は日本でも公開されたことのある映画「歌っているのは誰?」などに出演しているベテラン女優で、政治的な実績には乏しいものの民主党の「顔」であり続けた、典型的なタレント議員です。しかし「議会にいたと言い張るなら旅券のトルコ出入国印を見せろ」と反撃されては「下手から退場」止むなし。次回選挙以降政界から退くことが確実となりました。
    ミチッチ議会議長兼大統領代行は民主党ではなく、小政党ながら政権内で重要ポストを占めるセ市民連合の所属ですが、
今も人気は高いが肩書きは一野党党首。発言力の低下は否めず今回大統領選出馬は見送ったコシュトゥニツァ
やはりこの議会でアルネリッチらの「ニセ出席」に気が付かなかった(フリをした)ということで野党、マスコミのやり玉に上がりました。

    このような低レベルのスキャンダルを含む対立と混乱を繰り返していては、市民の政治への関心は低くなるのが当然でしょう。しかし一方で、ミチッチ議長が大統領代行をいつまでも務めているわけには行きません。共和国憲法改正には間に合いませんでしたが、憲法裁判所の示唆に従い同議長は共和国大統領選を11月16日に実施するものとして公示せざるを得ませんでした。
    昨秋の二大候補、セ民主党コシュトゥニツァとG17ラブス(ともに現在では野党党首になってしまいました)は泥仕合に懲りたか不出馬を表明。やはり50%の投票率はとても取れないだろうという読みのようで、「それよりも来年の任期満了を待たずに共和国議会選を実施して国民の信を問い直すことが重要だ」とともに主張しています。9月中旬時点でストラテジック・マーケティング(SMMRI)社が実施した世論調査では、ジンジッチ「大葬翼賛」ムードで春には独走状態だった与党連合の中核である民主党が人気を落とし、有力野党のセ民主党、G17が再伸長して全体としては拮抗しています。なお旧ミロシェヴィッチ政権の社会党や急進党(ニコリッチ副党首が今回大統領選出馬を表明)の支持はひと桁台にとどまっています。
    コシュトゥニツァ、ラブスらは今のところ積極的なボイコット呼びかけは控えています。与党連合としては自動的に最多得票を取れることは間違いなく、敵は「50%条項」だけ、ということになります。ジンジッチなき後の民主党は党首不在。タディッチ国防相など、それなりの人気を稼げる人物はいますが、50%の投票率が取れる確実性には欠けます。そこで与党連合は切り札としてミチューノヴィッチ共同国家議会議長(中道派の民主中道党党首)を立候補させる作戦を取りました。
    ミチューノヴィッチは元はと言えば民主党の初代党首。ジンジッチと袂を分かち民主中道党を創設はしましたが、常に反ミロシェヴィッチ勢力の長老格として戦い、政変後も連邦議会、共同国家議会の議長を続け、73才の高齢を感じさせないエネルギッシュな人物というイメージがあります。
DOS政権の切り札として大統領選出馬を決めたミチューノヴィッチ(左)の立候補に必要な署名(有権者1万)集めが行われた
昨秋大統領選ではジンジッチ民主党の専横を嫌ってラブスではなくコシュトゥニツァ支持に回るという老獪さも見せましたが、一般的には政権内の「異なる声のまとめ役」として知られています。
    9月25日の出馬正式表明となった記者会見で、ミチューノヴィッチ候補は「私に投票すれば『豊かになれる』、とか『世界の支持を得られる』などと言うつもりはない。私が有権者に示せるものはキャリアだけだ」とベテランの「売り」ポイントを強調。また「与党連合各党はみな私を支持すると言っている。民主的に選ばれるべきポストが空席になっているのは共和国大統領だけだ」とし、有権者に投票参加を呼びかけました。
    「極右・急進党のニコリッチがどのくらい『死に票』を集めてミチューノヴィッチを助けるかが焦点なんだから、ずいぶんシラケた選挙ねえ。去年ラブスとコシュトゥニツァの対決でも駄目だったんだから、ミチューノヴィッチが出たからといって投票率50%は難しいんじゃないかしら」とコメントするのは年金生活者である筆者の義母です。
    かなり異例の選挙ですが、政治・経済上の難題は他にも山積しているセルビアですから、そろそろ大統領が決まってもいい頃ではないかと筆者は思います。なおミチューノヴィッチ候補も不出馬陣営同様「当選の暁には前倒し議会選を」(9月27日党内発言)約束しています。

    冷戦崩壊により市場経済への移行が始まった東欧各国は、。
1990〜2002年の国内総生産実質成長率(1990年=100)。中東欧4カ国はチェコ、ハンガリー、スロヴァキア、スロヴェニア(週刊エコノミスト誌6月16日号を基に筆者作成)
いずれも改革当初の数年でマイナス成長を経験するという「移行不況」を通っています。国内総生産(GDP)の成長率で見るとポーランドは90年の水準を超えたのが4年後、スロヴェニア、ハンガリーなど他の中東欧4カ国平均では98年まで掛かっています。南東欧ではまずまずの実績を上げているのがルーマニア経済ですが、12年経った今も90年に比してマイナス8ポイント(週刊エコノミストマガジン誌6月16日号)。ヨーロッパの南へ行けば行くほど、改革の遅れが目立っています。
    「後発民主化国」セルビアの場合は、こうした各国の経験を見ていますから、もっと能率的な改革が行われ、さほど深刻な「移行不況」を経験せずに発展を続けられるのではないかという楽観論が昨年前半まではありました。実際、他東欧諸国が苦労したインフレ抑制、為替政策面ではディンキッチの中銀総裁就任後すぐに効果が現れ、インフレ年率は昨年18%、今年の予想値が9%。ディナールのレートも1ユーロ=65ディナール前後で大揺れはなく、超インフレに見舞われた前政権の経済制裁時代は過去の話になりつつあります。しかし、与党連合内での政治対立が深刻化した昨年後半から工業生産は頭打ちで、今年第一四半期では前年同期比マイナス3%と落ち込んでしまいました。
    経済学者グループは今年から2010年まで実質3%成長を続けた場合と、5%成長を続けた場合のマクロ経済統計を試算しました。昨年現在人口一人当たりGDPは1977ドル。これが3%成長を続けた場合は2010年に3037ドル、5%成長なら3637ドルに達するという結論が出ました。無論高い成長率を維持するには、財政赤字、貿易赤字という二大障害を乗り越えるに十分な民営化・直接外国投資があり、その受入環境を整え諸改革を進めて行くことが前提になっています。試算を行ったグループの代表、ペトロヴィッチ・ベオグラード大学教授は「毎年5%は決して無理な数字ではないし、3%成長は現実的な目標」(週刊エコノミストマガジン誌6月9日号)と言います。

    郊外型ハイパーマーケットは東欧諸国でトレンドとなっています。新ベオグラード地区の一角にも本格的ハイパーの一号店として、スロヴェニア資本のメルカトルが昨年暮れオープンしました。店内を覗いてみると、西欧先進国製品はもちろん、すぐれたスロヴェニア、クロアチア製品も多く見られ、経済制裁で苦しんだ前政権時代のモノ不足はもう心配がない、と実感できます。一方メルカトルを誘致した共和国政府との申し合わせで一定率が置かれているセルビア製品の方は、大抵の場合隣に並んだ先進国製品と比べるとやはり見劣りがします。
ベオグラードで最初の本格的な郊外型ハイパーマーケットはスロヴェニア資本のメルカトル(写真提供:吉田正則氏)
まだ輸出して外国市場で他国と競争出来るセルビア製品は大変に少ないのが現状です。
    実際この数年、セルビアへの輸入は急伸長し、入超傾向は年々拡大しています。昨年の貿易収支は36億ドルの入超で、今年も歯止めが掛からないまま対外累積債務は130億ドルを超えていると悲観的な学者は推定します。国内総生産に占める輸出の割合はハンガリー61%、ブルガリア56%、クロアチア47%(いずれも2001年)などに対しセルビアは昨年20%を割ってしまいました。輸出競争力のある製品を作るには民営化で国営系巨大企業の体質を改善しなければなりませんし、純粋なセルビア製品が輸出出来ないならば、先進国銘柄の製品をセルビアで作ること、つまり直接外国投資を呼ぶことが重要になってきます。
    政変で自由化が始まったのは2000年と遅れましたが、人口はコソヴォ州を除いても800万と周辺国に比べ決して小さくはないセルビアですから、遅ればせながら先進国企業の注目を集めていることは間違いありません。しかし今年の政府目標である3%成長と15億ドルの投資が実現するかどうかは微妙なところです。「生産は投資がないと伸びないままだろう。投資が思ったより滞っているのは、首相暗殺事件の影響もあるが、政権内部の抗争やスキャンダルで政情不安のイメージを与え続けていることが大きい。1年前よりも悪いイメージはアップしてしまったようだ」と市場調査研究所スタメンコヴィッチ代表は言い、「今年後半や来年もこの停滞が続くと対外債務危機に陥る可能性も」指摘しています(日刊ポリティカ紙6月17日付)。最近の経済系テレビ番組でも、対外債務が引き金となって一昨年から昨年にかけ大混乱に陥ったアルゼンチンの状況が何度か放送されています。

    大型民営化と投資誘致は確かに進んでいます。9月16日、セルビア第2の原油関連製品販売網ベオペトロールを業界世界第6位の露大手ルクオイルが約2億ユーロで買収することが正式に決定。ルクオイルは既存ガソリン販売網(国内スタンド数207)の整備などに来年前半だけで7000万ユーロを投資する約束をしました。既にガソリン業界は昨秋オーストリア大手OMVがスタンド新設など総額1億ユーロの投資を始めており、昨年6月に原油関係の話題をまとめたこのHP第58回配信の頃に比べかなり流動化してきています。
クロアチア・ルーラ社とソンボレド社は10月8日提携(事実上買収)契約を締結した
各社のターゲットは数年先に予想される国内最大手セルビア石油産業(NIS)の民営化です。
    原油業界に比べれば規模は小さいものの、クロアチアの乳製品産業大手ルーラ社が、セルビア北部ソンボル市の食品工業ソンボレド社に今後5年間で2500万ユーロの投資を行うなどの提携(事実上買収)を決めました。両社関係者とも「セルビア市場での販売を強化した後、将来的にはブルガリアなど近隣地域への発展が目標」と言います。
    ニシュ市タバコ産業は5・2億ユーロでフィリップ・モリス社が資本の66%を、ヴラーニェ市タバコ産業は8700万ユーロでブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)社が70%を買収することが8月5日同時発表されています。Ph・モリス社のツァランプロス会長は「マールボロ、LMなどの生産能力を強化出来る」とし、ニシュ産業のドラギチェヴィッチ会長は「世界ブランドのタバコをわがニシュで作れることは誇らしい」と第一声を発しています。また同社は収益の5%をニシュ市発展のために拠出したいとしており、チリッチ市長は雇用創設や建設費に利用したいと喜びます。前ニシュ市長でもあるジフコヴィッチ共和国首相は「3年前までタバコと言えば密輸天国の同義語だったわが国が、東欧タバコ業界最大の民営化に成功した」と自画自賛。

    「セルビアが数年でEUに加盟するというのは現実的ではない。だが、だからこそ欧米大企業の興味対象となることが出来るのではないか」。ジェリッチ蔵相はこう言います(ポリティカ紙9月7日付)。昨年コンピューター大手ヒューレッド・パッカード(HP)がハンガリー工場を閉鎖し撤退したことは当地でも話題になりました。
故ジンジッチの後任ジフコヴィッチ首相の6ヶ月はこの配信のタイトル程度か。指導力が問われるのはこれからだ
ハンガリー、チェコなどのEU加盟準備国が、豊かな先進国に近づけば近づくほど人件費も上がるので、先進国企業にとっては「安価な労働力」の魅力はなくなります。セルビアの蔵相はこのディレンマを逆手に取ってさらなる外国投資を誘致しよう、というわけです。「工業生産ダウンの公式統計は信じていない」。ベオペトロール民営化発表の席上ヴラホヴィッチ商務・民営化担当相は記者団に明言しました。経済学者たちの警告は聞こえぬふりか、政権当局にとどまった経済派閣僚は、選挙前ということもあって自画自賛を続けています。
    しかし国営セクターの賃上げ要求、民営化反対、民営化された企業での合理化反対や社会保障要求など、この秋は各分野でのスト頻発が予想されています。独立労組連合は「失業率は30%を超えており(一説に35%)欧州最悪だ。今こそ労働者は決起を」と呼びかけました。9月30日、セルビアテレコム労組は平均8%などの賃上げを求めストを予告。同じ日には自動車・軍需産業のツルヴェナ・ザスタヴァ企業で知られる中部クラグイェヴァッツ市で、既に民営化されたザスタヴァ社流通部門の運営方針に反対する労働者がトラック40台を連ね高速ベオグラード・ニシュ線を封鎖するなど「秋の陣」は本格化して来ました。
    ジンジッチ暗殺を受けて成立したジフコヴィッチ政権最初の6ヶ月は「限りなく不可に近い可」だったと筆者は評価します。これを「良に近い可」にするか「不可」にしてしまうか、政治・経済両面で手腕の問われる時期がこれからしばらく続きます。

(2003年10月中旬)


画像を提供して頂いた吉田正則氏に謝意を表します。写真は筆者が通訳業務の前後に撮影したものを含みますが、本ページへの掲載に当たっては各クライアントの承諾を得ています。画像・本文の無断転載はかたくお断りいたします。


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