2002年の歯科麻酔学会では、当初より大会本部から「フォーラムということで一切の特別な扱いはしない」旨のお知らせを頂戴 しました。
幸い、前年までの「セッション形式」がほぼ定着していたこと、前 年の福岡での認定医セッションの最後に「翌年は医療経済的な面にもスポットを当てよう」というご提言があったことから、この年は「歯科麻酔的医療 行為の医療経済」をテーマに取り上げました。
 歯科麻酔的医療行為、とは、笑気吸入鎮静法、静脈内鎮静法、ならびに全身状態監視のモニタリングの3つと定めました。これら各々について、現行の施行・ 受容状況を調べ、それらとcost-benefitとの関係を論ずることによって、医療経済的視点からみた歯科麻酔の位置、必然性について考えてみようと いう試みです。
 セッションは最終日の最後に組まれていましたが、幸いなことに反響は少なくなく安堵しました。座長をお願いした、東京歯科大学歯科麻酔 一戸教授のこの フォーラムに対する深いご理解と素晴らしい進行の賜です。それと、各演者の努力も並々ならぬものがありました。
 ただ、このようにデータを採取して分析し、自らの意見を述べようとする性質の発表には、データ採取のevidence、およびデータの取り扱いなどにつ いて一定の課題を残したセッションでもありました。
 フォーラムをこれまで数年のように「セッション形式」で続けていくか、それとも従前のように発表会、シンポジウム形式で、どちらかといえば形而上的な 「開業認定医の生き方」的な性質の発表に重点を置くか、どちらがよりよいものであるか、判断には大いに迷うところです。

(望月記)



2002年歯科麻酔学会「認定医」セッション

「歯科麻酔的医療行為の医療経済」

1.歯科麻酔的医療行為の医療経済(1)−開業 歯科麻酔科医における笑気吸入鎮静法の活用状況について−

○福田幸弘1) 山本彰美2) 
 1)三重県、ふくだ歯科  2)和歌山県、山本歯科

口演原稿  スライド原稿

【目的】笑気吸入鎮静法(以下IS)は昭和48年から健康保険にも導入され、臨床上その有益性は高く評価されているているが、その普及率はきわ めて低く、社会的には認知されているとはみなしがたい。一般歯科臨床医には取り組みにくい手技であることがその理由と推察される。これの活用には、歯科麻 酔科医が取り組みが必要不可欠だと考えられる。そこで全国での開業歯科麻酔科医におけるISの使用状況を調査した。

【方法】全国各地の開業歯科麻酔科医に対し、ISの活用および保険算定状況などを、電子メールを用いてアンケート形式で調査した。対象者は地域 性等を考慮した上で選定した。

【結果】発送した全50通のうち31通(62%)の回答を得た。ISが可能な機材の保有、また過去1年間の同法施行実績ともに高い割合を示して おり、治療内容としては外科処置から嘔吐反射や恐怖心の強い患者、小児、希望者など様々であ?た。保険点数に関しては約半数が低いと感じており高いという 評価はなかった。また患者の同法に対する評価はかなり良かったが、歯科麻酔科医全体の中では、その活用は十分行われているとはみなしがたかった。その他同 法に関して様々な意見が寄せられた。

【考察】アンケート結果より開業歯科麻酔科医の間ではISの長所、短所を含めた臨床的価値は充分認識されている。静脈内鎮静法に比べ一般開業医 が行うには、手技や危険度等の面では有利で、患者の評価も比較的良いことから他院との差別化には有効な手段である。しかしながら設備投資や同法の導入時の 煩雑さ等を考慮した上での保険点数の評価が、必ずしも適切とは言い難く、さらに14年4月の改定で不利になった点も否めない。また保険請求方法や酸素購入 価格の届け出の煩雑さも、同法が普及しない一因と考えられる。歯科麻酔科医は、同法の安全性と必要性(潜在的ニーズ)を一般歯科医に普及させ、その結果を 保険点数を含めた社会的評価につなげるべきであり、さらにそのことが同法を普及させる相乗効果を生むものと考えられる。

【参考文献】緒方克也:患者さんに喜ばれる笑気吸入鎮静法、第一版、医歯薬出版、東京、1991

2.歯科麻酔的医療行為の医療経済(2) ―プロポフォールを 用いた行動調整法―
 
○ 釜田 隆・河合峰雄・田中義弘
 神戸市立中央市民病院歯科口腔外科

口演原稿  スライド原稿

【目的・方法】従来より障害者歯科における疼痛・ストレス緩和の方法は、「全身麻酔法」と「精神鎮静法」に大別されてきた。しかし最近はプロポ フォールが鎮静法に頻用され、両者の境界が不明瞭となっているのが現状である。我々も平成12年4月から14年4月まで計219症例の知的障害者に気管内 挿管を行わない本剤による行動調整法を行い、有効性を得ている。しかし、その一方では呼吸抑制や咽頭反射の抑制など合併症に対する適切な対応は不可欠で、 十分な環境整備を行っている。今回、我々は本調整法を遂行するために必要と思われる環境設定を紹介し、医療経済の側面からも考察を加えたので報告する。

【内容・結果】全症例において・治療医と麻酔医の分担制の徹底・全麻に準ずるモニターの装着と救急薬剤の準備・絶飲食の厳守・複数の吸引装置の 配置・回復室の設置という環境設定を行った。投与直後や量によっては舌根沈下に起因する鼾やSpO2の低下がみられたが麻酔医が適宜、下顎挙上や頭部後屈 など適切な上気道管理を行うことで解消するものが殆どで、気管内挿管を要する症例はなかった。嘔吐と覚醒遅延が各2例あったが、術後の咽頭痛や肺合併症は みられなかった。また91%が治療後2時間内に退室可能であった。

【考察】本調整法は全麻より生理的で速い覚醒状態が期待できることから、頻回治療や定期検診など、本来の歯科治療形態にも応用し易く、時間的効 率からみた経済効果は大きいと予想される。しかし安全のため監視下鎮静管理(MAC)の概念下で全麻と
同等の人件費と物的整備を要するので静脈内鎮静法に準じた医療報酬では必ずしも整合性を見出せない側面もある。今後、更なる安全性を確立する一方で環境整 備構築やMACに対する適性な医療報酬の検討がされることを期待したい。

【参考文献】小谷順一郎:知的障害者の全身麻酔と鎮静法、LiSA、2000、7(7)、676−679

3.歯科麻酔的医療行為の医療経済(3) −モニタリングの実 施・保険算定状況について−

増田靜佳1) 久保田敦2) 望月 亮3)
1)愛媛県口腔保健センター  2)クボタ歯科・インプラントセンター(愛媛県) 3)清水市・望月歯科.

口演原稿  スライド原稿(flame版)  ス ライド原稿(ppt98版)

【目的】術中の全身状態監視に要した医療コストをどのように回収するか、という問題を考えたと き、現状は必ずしも満足できる状況にない。今般、モニタリングの臨床現場へのさらなる拡充・定着を願って、医療経済学的観点から実施・保険算定状況を調査 した。

【方法】全国各地の大学・病院歯科・開業各々の医療機関に所属する主として歯科麻酔科医に、モニ タリングの実施状況、保険算定上の問題などをアンケート調査した。対象者の選定には、地域バランス、予想される回答のactivityなどを考慮した。ア ンケートは全て電子メールにて発送した。

【結果】発送した全73通のうち45通(62%)の回答を得た。大学からの回答率は63%で、臨 床医からの回答率60%を上回った。大学ではほとんど全症例、病院歯科・開業医では全診療の2-3割にモニタリングを併用していた。保険算定では、各都道 府県により審査・査定状況のばらつきが大きかったが、病院歯科が積極的に算定の可能性を追求しているのに比べ、大学・開業医ではモニタリングをしながら全 く保険請求しないケースも少なくなかった。

【考察】医療行為の定着には、それを裏打ちする経済的なサポートが必要である。いかに医学的に意 義のあるものでも、少なからぬコストが要求され、しかもそれが回収できないようでは、臨床医の診療現場への定着は難しい。昨今の社会情勢下では、診療報酬 面で新たな点数体系の実現は望み薄で、現行の点数表からいかに準用させ、正当に近い診療報酬を得るか、を真剣に考えなくてはならない。このためには、保険 算定のルール、保険審査の実態についての情報・知識が必須である。また、こうした歯科麻酔的医療行為に関する保険算定状況の把握、状況改善のための働きか け、ガイドライン作成などが歯科麻酔学会に求められる。

【文献】http://old.anesth.or.jp/gakkai/hoken.html

発表前後のスナップ


発表当日、ポスターの前で。久保田先生@愛媛県開業は、ご都合でこの後すぐ秋田 へ。ゆっくりお話が出来ず残念でした。 さて、いよいよ発表本番。最終日の最後のセッションというのに、予想以上の盛況と 内容の充実ぶりに喜びました。 発表風景。トップバッターの演者は福田先生@三重県、ふくだ歯科 

 




あまりの参加者の多さに、福田先生も少々緊張気味です。 2番手の釜田先生@神戸市開業。静脈内鎮静法についてのご発表。 座長の一戸教授@東京歯科大の当意即妙の進行は大変ありがたかったです。

 



従来、医療経済が真正面から取り上げられることがあまりなかっただけに、参加者の 多さはうれしい反響でした。 発表を終えての討論。3演題めの増田先生発表の写真がなかったのが残念・・・
 
本番終了後、一戸先生と一緒に演者たちの集合写真。