歯科麻酔的医療行為の医療経済(2)―プロポフォールを用いた行動調整法―
○ 釜田 隆・河合峰雄・田中義弘
神戸市立中央市民病院歯科口腔外科

【目的・方法】
従来、障害者歯科における患者監視・薬物投与による疼痛・ストレス緩和の方法は「全身麻酔法」と「精神鎮静法」に大別されてきた。しかし最近はプロポフォールが鎮静法に頻用され、両者の境界が不明瞭となっているのが現状である。当科も以前より本剤により知的障害者に気管内挿管を行わない行動調整法を行っているが、呼吸抑制や咽頭反射の抑制など上気道に起因した合併症に対する適切な対応は不可欠であり、十分な環境整備を行っている。今回、我々は医療経済的な問題を抽出することを目的として本法遂行に必要とされた環境整備とその経済性に関する整理を行ったので発表する。
対象として、知的障害者を中心に平成12年4月から14年4月までの2年間に、プロポフォール静脈内投与により行動調整を行った219症例の麻酔記録や物品購入資料などを参考とした。【当科におけるプロポフォール行動調整法の実際と概要】・歯科治療に非協力で行動変容法が無効であった患者において、薬物による行動 調整を保護者などに説明、同意を得た上で施行した。・絶飲食を厳守させ、静脈路を確保後、目的とする鎮静状態までプロポフォールの投与を行った。なお、殆どの症例においてミダゾラムを併用し、口腔内乾燥を目的に硫酸アトロピンの投与も行った。・治療による刺激に対し体動が激しく、治療困難な場合は、適宜、追加投与での 調整を行った・治療終了後、回復室のベッドで経過観察し、意識、呼吸、および循環状態に異常がみられないことを確認の上で、全症例において当日帰宅させた。
・症例によっては覚醒を促す目的でフルマゼニルの投与も行った。
・本調整法施行にあたっては、歯科治療医と全身管理医の分担制を徹底し、管理担当には本法に熟練した日本歯科麻酔学会指導医、認定医があたった。

【環境】・歯科治療医と全身管理医(日本歯科麻酔学会指導医・認定医)の分担制を徹底し、他に研修歯科医、看護師、歯科衛生士と計5名で診療にあたった
全身麻酔に準ずるモニター装着の実施(心電図、血圧計、パルスオキシメーターなど)               
複数の吸引装置の設置
・手術室に準じた救急薬剤の準備
・全身麻酔器など、気管内挿管に対する機材の準備
回復室の設置(看護師による監視が可能)・基礎疾患に対する他科との連携や迅速な検査が可能

【一症例あたりのコスト算出】なお、静脈内鎮静法として評価した場合の麻酔関連の保険算定例では1294点であった。

【結果】自発呼吸下で行われる本調整法は全身麻酔よりも非侵襲的で、知的障害者における急性疾患への対応や頻回治療・定期検診など、本来の歯科治療形態にも応用し易いと考えられる。
しかし、主として上気道管理に起因する安全確保のため監視下鎮静管理(MAC)の概念下で全身麻酔と同等の人件費と物的整備を要するので静脈内鎮静法に準じた薬剤と注射手技料のみの医療報酬では必ずしも経済的に折り合わない側面が存在した。【MAC】MACの紹介・・・
MACの概念に対する適正な医療報酬の検討を期待したい。【考察】知的障害者の薬物行動調整法が、安全かつ有効に遂行されるには経済的裏付けを保つことが重要である。この問題点に関して以下のような考察を行った。・知的障害者に対する薬物行動調整は「意識レベル」という点から考えると本来の鎮静法の原則からは逸脱する。しかし歯科治療を容易にするという点からは大変に有効で、実際に頻用している施設も多いと予想される。今後、これらの行動調整法の定義づけ、ならびにガイドラインを作成することで適切な診療報酬が検討されていくと考える。・歯科麻酔領域における術前検査や、全身管理時の患者監視に関係する点数は医科点数表から準用せざるを得なく、静脈内鎮静法を実施した場合も、現実的には薬剤と注射手技料のみの診療報酬である。しかし、MACの概念下で適切な環境整備を行った場合は、鎮静法の技術料の評価も含んだ歯科麻酔固有の包括的な診療報酬の検討が学会などで行われることを切望する。

【まとめ】
・障害者歯科におけるプロポフォールを用いた行動調整法は、人的・物的にも十分な環境整備が必要であり、全身麻酔と同等の人件費と物的整備を要した・今後、更なる安全性を確立する一方で環境整備構築やMACに対する適正な医療報酬の検討がされることを期待したい。