[メニュー]   [自己紹介]   [論文]   [リンク]

 

  「アエラ」2001年1月29日付掲載

  大統領選敗北後も意気軒昂
  ミロシェビッチ夫妻の往生際
              (01年2月28日更新)

ユーゴスラビア大統領選で敗れても、引退を拒む強気の前大統領。だが、国民の支持を失い、不正蓄財を追求されるなど、追い込まれてきた。

 「夜もぐっすり眠れる。良心には一点の曇りもない」
 ミロシェビッチ前ユーゴスラビア大統領(59)は昨年末の民間テレビに登場し、流血の紛争を招いたことを反省するどころか、将来は政権に返り咲く意欲まで示した。白かった髪がいっそう白く、猫背になり、二カ月で十歳以上も老けたように見えるが、その存在は大統領当時と変わっていなかった。
 ミロシェビッチ政権の13年間に、旧ユーゴ連邦は崩壊し、ボスニアやクロアチアの戦争では約30万人の死者、数百万の難民を出し、国土は荒廃した。セルビア側の軍勢は結局、一度も勝てなかった。一昨年にはNATO(北大西洋条約機構)軍の空爆を招き、一人当たりGNPは半減、ついにはセルビア民族主義の拠(よりどころ)だった「聖地」コソボ自治州からの全面撤退、同州を事実上手放すところまで追い込まれた。
 それでも政権を手放さなかったが、昨秋、大統領選挙の不正開票をめぐって数十万人が街に繰り出す「市民革命」が起き、ようやく退陣を余儀なくされた。その際、ミロシェビッチ氏は、テレビ演説で敗北をみずから認め、コシュトゥニツァ新大統領の当選を祝福さえした。
 このころは、ミロシェビッチ氏も潔く社会党の党首を辞任し、政界から引退することを考えていたようだ。しかし、11月末の党大会直前に立候補を表明し、再任された。
 弱気になりかけた前大統領を駆り立てたのは、妻のミリャナ・マルコビッチ・ベオグラード大学教授(58)だったという。社会学者のミリャナ夫人は、夫の社会党と連立内閣を組んでいた左翼連合党首でもある。
 ミロシェビッチ政権の最大の特徴は、大統領夫妻による異常な「夫婦支配」にあった。社会党がおもに地方の労働者や農民、年金生活者を支持層にする一方、左翼連合は指導部に大企業経営者が名を連ね、政治資金を吸い上げる役割を分担していた。
 政界に固執する夫妻だが、民間調査機関「マルクプラン」の世論調査では、国民の六八%が、ミロシェビッチ氏は「政界から身を引くべきだ」と考えている。「もっとも信頼できない政治家」のランクでも第一位だ。
 前大統領はこうした世論にまったく関心がないようだったが、12月のセルビア共和国議会選挙では、コシュトゥニツァ新大統領派の「民主野党連合」が得票率64%(定数250中176議席)で圧勝。社会党は14%弱、37議席と惨敗した。社会党と左翼連合は、この議会選では従来の統一候補名簿を破棄して別々に闘ったが、左翼連合の方は、得票率0.4%、議席ゼロに終わった。
 国民から見放されたミロシェビッチ氏は、年末のTVインタビューでは、市民革命を「クーデタ」と決めつけた。同氏は、国連の戦争犯罪国際法廷から起訴されているが、この法廷に対しても
「西側が一方的に設置した不当なもので、「ゲシュタポ」(ナチスの政治警察)と同じだ」
などと開き直った。
 皮肉なのは、前大統領夫妻がともに、かつてはみずからが統制していた国営テレビなどマスコミに対して、今では敵意をむき出しにしていることだ。社会党大会では、国営テレビや有力日刊紙「ポリティカ」にはまったく取材を許さなかった。ミリャナ夫人も先月、連邦議会内で「マスコミの片寄った報道」を批判し、集まった記者たちを苦笑させた。
 しかし、夫妻の強気も長くは続かないだろう。これまで国連戦犯国際法廷への容疑者の引き渡しを拒否してきた新政権が、同法廷との協力に動いているからだ。スビラノビッチ連邦政府外相は1月5日、公判をベオグラードで開催する「出張法廷」の可能性を探っていることを明らかにした。
 一方、セルビア共和国ジンジッチ次期首相は、ミロシェビッチ夫妻を権力乱用・不正蓄財などの容疑で起訴すると発表した。中央銀行のディンキッチ総裁が公表したところでは、1992、93年の超インフレ当時に、為替操作であげた40億ドル(約4700億円)以上の外貨を国外に持ち出した疑いがある。銀行家出身のミロシェビッチ氏ならでは、との声もある。報道では、スイスやキプロスなどの銀行に1億ドル以上の隠し口座があるという。
 「戦犯として裁判にかければ(前大統領を)英雄視する者がいるかも知れないが、国民の財産を盗んだ泥棒として裁けば、正体がはっきりする」とジンジッチ氏。(了)


[メニュー]   [自己紹介]   [論文]   [リンク]