「お父様、お父様?」
 澤荼の声にハッと祥吾は我に返った。慌てて辺りを見渡す。
「どうしたの、お父様、急に立ち止まって、あちこち見渡して?」
 澤荼が訝しげにそう言った。
「澤荼、今、堂士さんがいただろう。お前、堂士さんと話していただろう」
 祥吾の言葉に澤荼は首を傾げた。
「堂士さん? お父様、何を言ってるの。私はずっとお父様と一緒にいたでしょ。それに私、堂士って人を知らないわ」
 きょとん、として澤荼が祥吾を見つめた。祥吾は真裕美を見たが、
「白昼夢でも見たのですか」
 と言われてしまった。そんなことはない、あれだけリアルに夢を見るというのか。それも起きている間に、あんなにはっきりと。
「お父様、さあ、行きましょ。私たちの家に」
 祥吾は首を傾げながら、それでももう一度、辺りを見渡して促されるように二人に従った。
(さようなら、堂士お兄様)
 澤荼がふと窓の外を見た。そしてガラスに映っている自分の姿を見た。4歳の子供、普通の女の子であった。そして、両親。幸せな家族の風景。それを自分で認めて、澤荼は涙が溢れるのをこらえた。
 澤荼が知らない5年前のこと、そして今回のこと。それらに関わった人々は、彼らに備わった《力》がなかったなら、普通の親子として、兄弟として生きただろう。そして、友と呼べる人もいただろう。彼らが望む、望まないとは別の、先祖伝来の歴史という巨大なまがまがしいモノに、みな飲み込まれていったのだ。そして澤荼自身もそれに関わることになったのは、彼女に責任があるわけではない。


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