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 澤荼たちが御母衣家の花火の宴に行ってから三日後、その日は澤荼たちがアメリカに帰る日であった。
 執事の憮養南部は、玄関先で三人を見送る。それは、祥吾を送る時のいつもの行動であった。それが、今は家族三人を見送ることになっただけのことだ。それは、確かにその通りだった。だが、祥吾たちと南部とのこれが最後の別れになろうとは、その中の誰も予想しなかった。
 南部の年を考えると、次に祥吾たちが日本に帰ってくるまでに、その寿命が終わるかもしれない、と考えるのが適当かもしれない。だが、誰もが自分の回りでそんなことが起こるはずはないと信じているのだ。誰もが、それを信じている。
 ただ、この時はそんなことを思うことなく、南部は祥吾たちを見送った。
「いってらっしゃいませ。旦那様、奥様、お嬢様」
 南部を見上げて、澤荼が微笑む。
「おじいちゃん、またね」
 澤荼が可愛らしく笑うのを南部は愛らしいと感じた。
「お嬢様、お元気で」
 と南部は澤荼の頭を撫でた。それが本当の祖父のように感じて、澤荼は再び微笑んだ。
「じゃあ、南部、留守の間、よろしく頼むよ」
 祥吾がそう言って車に乗り込む。
「承知しております」
 南部が車を見送った。
「澤荼、初めての日本はどうだったかい」
 祥吾と真裕美に挟まれた形の澤荼は、父親を見上げて笑った。
「楽しかったわ、お父様。きっと、私の初めての日本での出来事は、一生忘れないと思うわ。だって……」
 と澤荼は前を向いた。祥吾はこの僅かな間に、澤荼が大人びたように感じて驚いた。自分が知らない間に何があったのか、何もなくて澤荼がただ成長したということなのだろうか。
 やがて、成田空港についた邑楽家の面々だった。搭乗手続きをすませた祥吾たちは、すぐに出国のために出国カウンターに向かった。混み合っていないのですぐに出国する。少し歩いて、祥吾は澤荼がついてこないのに気づいた。振り返って、
「澤荼」
 と呼ぼうとした祥吾は、思わずその言葉を飲み込んだ。澤荼のすぐ側に立っている青年に気づいたからだ。会ったのはたった一度のこと。だが、忘れることの出来ないほど、祥吾の心の奥に残っていた姿であった。祥吾は二人に近づこうとして近づけなかった。動かないのだ。ただ、目の前を見つめているだけであった。祥吾だけではない。澤荼たち二人以外の時が止まったようであった。


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