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葵の目の前に公園の砂場があった。夕暮れである。子供たちはもう家に戻って、公園は会社帰りの人が時折通り過ぎるだけであった。だが、砂場に一人の子供が遊んでいた。砂の城を作っている。親が迎えにくるまで、子供はそれをし続けるのだろうか。
「見つけたわ」
葵は呟いた。自分が探していたのはこの子供だ。今日こそは、その素顔をはっきりと見定めるのだ。葵はゆっくりと近づく。子供の作っている砂の城に、彼女の影が長く伸びた。子供が顔を上げた。
「見つけたわ。今度こそ、その顔を見てあげるわ」
葵は子供に顔を近づける。葵はそしてはっきりと見るのだ、彼女の姿を。
「女の子ね、まだ、4歳ぐらいかしら。あなたの名前は何て言うの?」
子供は顔を強張らせて首を振る。葵はニッと笑った。
「そう、言いたくないの。ならば、あなたの心に聞いてあげるわ」
葵が子供に手を伸ばす。その手をハッと縮めた。
「誰?」
葵の視線は、子供の後ろに向いていた。そこに立っているのは一人の青年。葵には顔が見えない。そして、葵は押し戻されるように消えてしまうのだ。
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