◇◇
堂士は週に一度は必ず澤荼に会いにいっていた。それはいつも夜半のことであった。祥吾とは面識があるから、昼間、邑楽家を訪ねても追い返されることはない。だが、澤荼に会っている理由を祥吾に教えるわけにはいかないのだ。彼は、邑楽であって、邑楽でないのだから。だから、祥吾には会えないのだ。そして、澤荼も父親に堂士に会っていると言わないのだ。
「澤荼、いつも同じ夢を見るんだね」
澤荼は堂士を見上げて頷いた。
「ええ、堂士お兄様、いつも同じ女の人が出てくるの。髪の長い女の人で、とっても綺麗な女の人なのに、私を見つけると、いきなり夜叉のような顔つきになるの。それがとても恐くて、私は何も出来なくて、その女の人に飲み込まれそうになるの。そしたら堂士お兄様が現れて、女の人はいつの間にかそこから消えてるの。これは、未来に起こることなの? もし、私の見る夢が予知夢ならば。そうなのね、堂士お兄様」
澤荼は堂士の頬にそっと触る。その小さな手を堂士はそっと握った。
「夢見の、本来の意味は私には判りません。以前も言った通りにね。でも、予知夢もその一つであることは、きっと正しいことなのでしょう。でも、澤荼、これだけは覚えておいてください。未来とは決して決まっていないのです。予知夢の本当の意味は、実際に起こりうる未来を見ることではありません。いや、そうではなくて、未来とは、たった一つの原因だけで起こることではないのです。判りますか、澤荼。交差点に来て右に行っても左に行っても同じ場所に着くならば、どちらの道を選んでも未来は変わらないでしょうか。そうではありませんね。右の道を選んだために、会うべきでない人に会うかも判りません。たとえば、私が祥吾さんに澤荼と一緒のところを見られるとか。それは左の道を選んでいれば、避けられた未来なのです。たった二つの選択肢の違いによっても、未来は大きく変わります。そして、この世界はたった二つだけの選択肢で成り立っているわけではありませんね」
澤荼は頷いた。4歳の子供には難しいかもしれない、と堂士は思っていた。だが、澤荼が理解出来るようになるには、それほどの時間は必要ないであろう。それを、堂士は確信していた。
「では、私の見ている夢は、絶対に起こりうる、というわけではないのね」
「ええ、でも、起こることはない、とは言えませんよ」
澤荼は頷いた。
「澤荼、私があなたの夢の中に入ってみましょう。その女の人が誰なのか判ったら、何か手だてが出来るかもしれませんからね」
「私の夢の中に入る? そんなことが堂士お兄様には出来るの?」
澤荼の目が大きく開かれた。堂士は首を振った。
「さあ、判りません。でも、やってみるのも一つの手ですよ。澤荼、大丈夫です」
「堂士お兄様を信じてるわ。私のことを判ってくれるのは、この世界でお兄様だけなの。お父様にもお母様にも話せないことを、堂士お兄様にだけはお話し出来るの。きっと、私、堂士お兄様と会えなければ、きっと、絶望していたわ」
4歳の子供とは思えないような口をきく澤荼を、堂士は抱き締めたくなった。これがなければ、澤荼は普通の女の子なのに。それを、両親は望んでいるはずなのに。だが、澤荼に夢見の《力》があるのは確かなことで、それによって、何かに巻き込まれるのは必至なのだ。それが、堂士には辛い。菖蒲と澤荼が重なって辛いのだ。菖蒲にはだが、最初から自分がいた。だが、澤荼は日本に来るまで、たった一人でそれを耐えていたのだ。堂士に会うまで。
しかし、本当は自分は、この子に対して何をしたいのだろうか。澤荼を守りたいのか、それとも……?
「でも、堂士お兄様、すぐに夢を見るとは限らないわ」
「判っています。推理小説でも、すぐに犯人が判ったらつまらないでしょう」
堂士の言葉に、澤荼はクスッと笑った。
「堂士お兄様ったら、それ本音なの?」
堂士が澤荼の瞼をそっと閉じさせた。澤荼は素直にそれに従う。そして、堂士は澤荼の右手を握った。
確かに、澤荼の夢の中に入ることが出来るとは限らない。夢見の《力》がある者ならば、それは可能かもしれないが、当麻にはそれがないのだ。決して、当麻には夢見が現れないのだから。だが、堂士はそれを行った。澤荼の夢見の《力》が大きいものならば、それを助けてくれるのではないか。それを堂士は期待したのだ。
そして、堂士の期待通りになった。
澤荼はすぐに眠りに落ちた。堂士はその澤荼と波長を合わせて、一緒に眠りに落ちたようだった。
←戻る・続く→