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 邑楽家の執事は澤荼が生まれてからも、ずっと憮養南部であった。おそらく澤荼が邑楽家を継ぐ頃には、南部はこの世にいないだろうが、祥吾の代で三代仕えている南部であった。
 南部の願いは、祥吾が大きくなってからは、再び坊っちゃまと呼べる人を抱きたい、その一つであった。だが、その願いは少々叶えられなかった。と言うのは、祥吾が連れて帰ってきたのが女の子であったからだ。名前は聞いていたが、南部はてっきり男の子だと信じきっていた。だから、スカートを履いて車から下りてきた澤荼を、祥吾の子供とは最初判らなかった。
「南部、僕の最愛の娘だ。澤荼という名前は、知らせておいたよね」
惚けた顔の南部を不思議そうな顔で澤荼は見つめていた。
「お髭が真白」
 澤荼の言葉にハッと気がついて、
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様、お嬢様」
 と威厳を正して言った。祥吾が頷いて、真裕美と澤荼を促す。澤荼が走って家の中に入っていった。慌ててそれを真裕美が追う。
「南部、もしかしてとは思うけど、澤荼を男の子と思っていたんじゃないだろうね。本当にそうだとしたら、澤荼、哀しがるだろうなあ。あの子はそれを一番気にしているんだ」
 祥吾の言葉に、南部は顔をこわばらせた。
「申し訳ございません」
 深々と頭を下げる南部の肩をポンポンと叩いて、祥吾が笑った。
「冗談だよ。あの子は本当に困ったぐらい元気がよくて、いつも男の子とばかり遊んでいるんだ。女の子らしくして欲しくて、スカートを履かせたんだが、あれを履かせるのに一苦労でね。全く、いつになれば、おとなくしなってくれるのか……。頭が痛いよ」
 そう言って祥吾は屋敷の中に入っていった。慌てて南部がそれを追う。その目に澤荼があちこちを見て回っている姿を映した。


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