◇◇
「諸見さん、子供を授かりましたわ」
石蕗にそう告げられたのは、諸見が18歳の時。石蕗は20歳であった。そして、同じ頃、永覚に相談を受けたのだった。
「祥吾の《力》を封印しようと考えています」
久々に会った永覚は、開口一番そう言った。祥吾は永覚の一人息子で、2歳に育っていた。
「封印……ですか」
永覚は頷いた。
「あなたもそうですが、俺もこの《力》を忌んでいます。だから、子供たちにはその存在すらを教えたくないのです。だから、祥吾の《力》を封印しようと思います」
「そうですか……」
諸見は考え深げに呟いた。確かにそれは自分たちにも降りかかる問題でもあるのだ。石蕗が身籠もったということは、その問題提議の始めでもあるのだ。
「諸見さん、封印は俺が一人でやります。ですが、あなたにどうしても手伝って欲しいことがあるのです。祥吾の封印を解くつもりはありません。ですが、どうしても解かなければならないことになるかもしれません。その時に俺が側にいれば、俺の手でそれが可能です。でも、それはきっと不可能でしょう。それをあなたに託すのは、しかし、俺の勝手でしょうか」
永覚が諸見の顔をジッと見つめながら言った。その表情は哀しげで、諸見はそっと首を振った。
「あなたのその願いを私に託してください。私の命が続くかぎり、そして、私の子供たちが生きているかぎり、その約束を果たしましょう。約束します、永覚さん」
永覚がフッと表情を緩めた。一瞬涙を浮かべかけて、それを必死に消した。
「ありがとう、その言葉しかありません。俺には、それしか言えません。邑楽は邑楽を継いだ者の男子にしか受け継がれず、そして、夢見は女子にしか現れません。祥吾には二重の封印をしようと思います。第一の封印は、諸見さん、あなたに解いていただくもの、しかし、第二の封印は、俺にしか解けないもの。つまりは、第二の封印は決して解けないものなのです。そして、その第二の封印こそが、邑楽の記憶と《力》のすべてを理解出来るものなのです。ですから、第一の封印を解いても、俺の記憶だけが祥吾に受け継がれることになります。邑楽を継ぐが、邑楽ではない。諸見さん、俺はきっと、あなたやあなたの子供たちに、とても大きな枷を課しているのだと思います。それでも、あなたは俺の願いを叶えてくれるのでしょうか」
諸見はにこっと笑った。
「私はあなたの頼みを少しも重荷に思っていませんよ。あなたがそれを私に望むのならば、私はそれに応えたいと思っています。永覚さん、気にしないでください。さあ、祥吾くんの封印を行ってください。問題は、第一の封印を解くためのキーワードですね」
「ええ。今、邑楽家には邑楽しかいませんが、父の妹が御母衣家に嫁いでいます。彼女には夢見の《力》があるのです。彼女に解けないようなキーワードにしなければなりません。叔母は邑楽家大事の人ですから。祥吾が邑楽を継いでいないことに気づけば、封印を解こうと思うでしょうから」
永覚が哀しそうに首を振った。諸見が少し考えて口を開いた。
「そうですね。永覚さん、ではいいキーワードがあります。絶対にあなたの叔母様には、思いつくはずもない名前です」
「それは何ですか」
諸見は一瞬目を落として、
「当麻鳶尾、私の子供に名づけようと思っています」
と言った。永覚は僅かに顔を暗くして、そしてすぐに元に戻した。
「当麻鳶尾……判りました。それをキーワードにしましょう。それを使うことがなければいいのですが」
「そうですね。でも、それは未来の出来事です。私たちが今出来ることは、祥吾くんに封印をして、この忌まわしい《力》を知らずに過ごせることを願うだけです。そうでしょう。永覚さん、私たちはそれを願っているのですから。多分、私の子供が生まれてもそれを願うでしょうから」
二人は頷いて、そして別れた。
永覚は祥吾の封印をし、だから、祥吾はずっと後になって、堂士によって封印を解かれるまで、邑楽家の何足るかを知らなかったのだ。そして、祥吾は完全には邑楽を継いでいないから、すべてのことは理解していないのだ。澤荼が生まれてからも、彼女が何を継いだのかということに気づかなかった。
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