諸見は窓の外を流れる風景を目に映して、彼の名を心の中でまた呟いた。綾歌は何故、邑楽永覚に会うように、と言ったのであろうか。綾歌は当麻家の夢見ではないか。疑ってみれば自分が永覚に会うことは粃の思い通りなのかもしれない。だが、諸見はその考えだけは否定した。
 永覚を直接見たが、彼に対してまだ、何の感情も沸いてこない。とにかく、この目で本物を見てみたかったのだ。今日はそれだけであった。だが、それを知られてはいけなかった。自分の父親にだけは。そう、当麻粃にだけは。
 諸見は運転している男をチラリと見る。きっと男の口から、今日、自分が少し彼の目を離れたことが粃に伝わるだろう。今日だけのことならば、別段、粃とて深くは考えまい。だが、それはこれから先、何度もあり得ることなのだ。
 諸見は再び、外の景色に目を移した。

 これが、当麻諸見と邑楽永覚の最初の接触であった。出会いではない、諸見が見ただけであり、永覚は見られただけであったから。
 彼らが本当に出会ったのは、それから7年の歳月が流れてからだったのだ。だが、諸見は永覚に直接会うまでの間に、何度もその姿を見つめていた。
 諸見が永覚を最初に見たのは、7歳の時。そしてそれからほどなくして、諸見の運転手が代わった。


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