「はじめまして、じゃな、諸見殿」
 諸見の夢の中の老婆は目を閉じたままそう言った。
「誰ですか、あなたは……」
 諸見が尋ねる。老婆は、
「わしは綾歌。当麻家の夢見の綾歌じゃ」
 と言った。諸見はじーっと綾歌を見つめる。これは夢なのだろうか、現実なのだろうか。その諸見の心が判ったように綾歌がククッと笑った。
「諸見殿、これは夢でもあり、現実でもある。わしは夢見だからの。お主の夢に入っておるのじゃ。こうしてお主と話をしたくてな。13代当麻を継ぐべき、諸見殿よ」
 諸見はフッと表情を曇らせた。綾歌はそれに気づかないように、言葉を続けた。
「諸見殿、わしが今日、お主の夢の中に入ったことは、粃殿には内緒のことだぞ。粃殿が認めぬかぎり、わしは直接にはお主に会えぬ。そして、粃殿はもう何年かは、わしの元にお主を連れてはこまい」
 諸見の表情が考え深げなものに変わった。しばらくそのまま諸見は綾歌を見つめる。
「綾歌、何が望みなのです?」
 綾歌がフッと顔を綻ばせた。そしてすぐに表情を消して、諸見を指さした。
「諸見殿、お主は粃殿より僅かだが記憶を譲られたな。その中には、邑楽の名もあったであろう。先祖代々から当麻家と邑楽家に確執があることも、そしてその理由が判らぬことも、お主は知っておるな」
 諸見は無言で頷いた。綾歌は自分に何が言いたいのか、諸見は興味を持った。
「次代の当麻として、そのことをどう思っておるのじゃ、諸見殿は?」
「えっ……」
 諸見はギクリとする。この老婆はいったい何者なのだろうか。当麻家の夢見と名乗っているからには、粃のモノのはずだ。諸見は軽はずみな答をしようとした自分を恥じた。この出会いを粃に知られてはいけない、と言っているが、この出会いが粃の命令でないと誰が否定出来るであろうか。
 諸見はふと目を伏せたが、すぐに上げる。だが口を開かなかった。綾歌がクククッと笑う。
「諸見殿、お主は頭の回転が早いな。だが、その考えは正しくはないぞ。このことは粃殿の与かり知らぬことで、わしの独断でお主に会い、お主の考えを聞こうと思ったまでじゃ。それを粃殿に報告しなければならないというわけではない」
 綾歌をまたしばらく見つめ続けた諸見であった。
「私は……先祖の確執を終えたい。私は当麻など継ぎたくもないが、継がなければならないのなら、私の代ですべてを無に帰したい。この《力》さえも私には必要ないから……」
 少し強張った表情で諸見は言った。綾歌が真剣な顔で頷く。
「諸見殿、邑楽永覚殿に会ってみればよい」
 綾歌はそう言ってスウッと消えた。諸見はそして夢から覚めた。


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