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 彼の視線の先のその子は、茶色の野球帽を反対に被って、一人校庭の隅にある大きな木を見上げていた。半袖のTシャツを肩までまくり上げて、ショートパンツを隠すように裾を出して、ハイカットのバッシュを履いている。横に無造作に置かれたリュックはワイン色だった。
(何をしているんだろう)
 彼はその子を見つめ続けながら思った。先程から、その子はそのままの状態で動かないのだ。ふうっと息を落として、彼はその子から視線を外して歩きだした。その口元が少し緩む。
 確かに木を見上げたまま動かないその子も、端から見ると変だが、それを見つめ続けていた自分のほうが変ではなかったか、そう気づいて彼は思わずおかしくなったのだった。誰にも見咎められていない自信はあった。だが、自分のような年で、この近くにない制服を着たままでこれ以上うろつくのは止めたほうがよいと判断した。彼は、制服を着たままなことを悔やんだが、これはどうしようもなかった。少なくとも今は。
「目立つよな、いくらなんでも」
 彼はつくづくと制服を見つめる。濃紺のブレザーの上下にネクタイ、左胸には学園の紋章が入っている。この近くにはない、と言っても、これがどこの制服かを知っていない者はいないだろう。
 と、彼はいきなり走りだした。その姿に気づいて、きょろきょろしていた男が、彼に走って近づいた。
「お願いで、ございますから」
 男が息を切らしながら言った。彼は男のそんな姿を気にすることなく髪を整えると、にこっと笑った。
「君には落ち度はないよ。帰ろうか」
 そう言って彼はさっさと車に乗り込む。男はグッと唇を噛み締めると無言で運転席に座った。
 彼は流れ去る風景を目に映していた。
(彼が、邑楽…永覚……か)
 彼は、一週間前の夢を思い出していた。


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