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その部屋の真ん中に一脚の椅子が置かれていた。電気のついていない部屋には、カーテンの細い隙間から月の光が射し込み、椅子に当たっていた。椅子に座っているのは一人の青年であった。椅子に深く座り、足を組んで腕は手もたれに自然にもたれかかっていた。目を閉じているその月の光で朧気に見える青年の容姿は、美しかった。その瞼がふと開かれる。さらにその美しさが増したかのように、回りの空気たちが頬を染めたようであった。
「私を呼びましたか」
その容姿からは少し低いかな、と思われるその声色で青年は口を開いた。
「お久しぶりですね、永覚さん。そう言うのが正しいのかどうかは判りませんけど」
青年が座っている椅子から、少し離れた場所に老人は立っていた。ぼうっと白っぽい姿をして、それも当たり前であろう。彼は生きている人間ではないのだから。邑楽祥吾の父である永覚が死んでから、すでに5年が経っていた。そして、彼らは永覚が生きている間には出会ったことがなかったのだ。
「堂士さん」
永覚はそう言って頭を下げた。青年は28歳になった当麻堂士、本名を当麻鳶尾という、その人であった。
確かに永覚が生きている間に、二人は出会ったことがない。堂士が東京へ出てきてから、祥吾の封印を解くことになったために、永覚は堂士の前に現れた。それが彼らの最初の出会いではあったが、堂士にとって、あるいは永覚にとってもそれは初めてとは思えなかった。堂士の父、諸見と永覚が生前交流をしていたからだ。それを堂士は、諸見からすべて記憶として受け継いでいたのだ。
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