そして同じように心を痛めている女性が他にもいた。
「胸が痛むわ」
 高円寺の閑静な住宅街の一角に土師、という表札がかかっている家があった。その居間にその女性はいた。心葉は檜香華の前に、アイスティーを入れたグラスを置きながらそう言ったのだ。
「お母様?」
 心葉の具合が悪いのだろうかと、心配顔で檜香華が見上げる。
「私のことではないの。堂士さんのことなのよ、檜香華」
「堂士さん……」
 檜香華が呟いて少し頬を染めた。
 堂士と菖蒲がある日、北海道から出てきて、ほんの数日でまた立ち去った。その後、堂士だけが戻ってきて、菖蒲が亡くなったと、それだけを告げてまた去ってしまった。北海道の住んでいた家には、帰ってきた様子もなく、心葉たちは堂士がどうしているのかを知ることが出来なかったのだ。
 あの日からもう、5年の月日が経っている。
 心葉にとっては、若くして亡くなった双子の妹、石蕗の忘れ形見であった。幸せに生きて欲しいとずっと願っていた。だが、菖蒲はたった19歳で亡くなり、堂士も何か深い事情があって、普通には生きていけないようであった。それが心葉にとっては辛かった。
 堂士が以前、教えてくれた土師の由来のことや、その先祖に備わっていた《力》のこと、それを思い出すたびに、堂士にとっての幸せとは何だろうか、と思い続けてきたのであった。
「ぜひ、頼ってきて欲しいのに、堂士さん……」
 呟くように心葉が言った。この小さな呟きが、どうぞ、堂士に届きますように、そう願いながら。自分が堂士に何が出来るか判らない。きっと何の助けにもならないだろう、それは判っていたけれども、願わずにはおられなかった。


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