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 寒河葵と当麻芳宜が結婚して、こちらも5年の月日が経っていた。芳宜が寒河家に婿養子に入るという形になって、当麻家を継ぐ者はいなくなった。表面上は。
 邑楽家には澤荼が生まれたが、寒河家には子供がまだ生まれていなかった。葵は子供が欲しかったのだが、どうしても子供を身籠もることが出来なかった。それが、葵の目下の悩みであった。
「何か、大きな邪魔者がいるわ。誰かが、私を邪魔しようとしている。それが誰なのか、まだ夢に見ることが出来ない。きっとそれが私の血を絶とうとしている原因なのだわ」
 葵は一人、部屋の中で呟いた。寒河家も当麻家も、その血筋の者たちが自分たちで稼ぐことはしない。それを何百年も続けてきたのだ。彼らを支える多くの人たちによって、夜毎のパーティや優雅な日常の生活が出来るのだ。
「波豆の、私の《力》はすばらしく強い。それに勝てる者がいるはずはありません。当麻でさえ、私の手のひらの上で踊ってくれたではありませんか。葵、何を心配しているのです。何も心配することはありません」
 葵は呟くように、自分に言い聞かせていた。四百年もの間、その波豆の大きな《力》を継ぐことが出来る器が生まれるまで、それは守られ続けていた。ずっと、波豆の因子の中で。そしてまず、葵の姉の菁の中に覚醒し、菁が死んでから、葵の中に覚醒することになったのだ。菁は、生まれてしばらく経ってから覚醒したが、葵の場合は、生まれる前から覚醒していた。菁によって。菁のお陰で、葵は生まれながらにして、波豆であった。
 自己暗示のお陰で、葵の気持ちは幾分楽になった。だが、胸の奥で芽生えた不安の種は、軽く土をかけられた程度で、またすぐにその土を払うだろう。
 13代当麻である堂士は、その血筋を絶やすだろうし、そして、決してもう表にも裏にも現れないのは確実であった。なのに、葵の心を乱すものがあるなんて。それは波豆にとって信じられないことであった。


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