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 祥吾と真裕美が結婚した頃、もう一組の結婚があった。
「寒河姓を名乗っても構わないのですね、それでは」
 葵の嬉しそうな顔を、芳宜は眩しげに見つめた。
「わがままを言ってごめんなさいね、芳宜さん。でも、私は一人っ子だから、寒河の名が消えるのが可哀相で……。あ、ごめんなさい。当麻家も同じことですのに……」
 葵が哀しそうな表情を浮かべて、芳宜から目を逸らす。その目に木槿が風に揺れていた。
 芳宜が笑う。
「当麻のことを、あなたが心配することはありませんよ。葵、当麻家は消滅してしかるべきなのですから」
 葵が驚いた顔で、芳宜に視線を戻した。
「いいんですよ、葵。私がそうしたいのですから。それに、私にとっては当麻など名のみですからね」
 芳宜の笑顔に誘われるように、葵は芳宜の胸に顔を埋めた。
「ありがとう、芳宜さん」
 声色にはその顔の表情は表れていない。冷たい眼差し、それが葵であった。生涯、芳宜が気づくことがなかった、それが葵の本性のようであった。


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