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柊は《当麻》を継いでから、ずっと当麻家を見つめ続けた。それは諸見を見つめ続けたのであって、他の12代粃や芳宜、香散見(かざみ)に興味を覚えたのではなかった。そう、柊は、当麻家自体に興味を持ったのではなく、諸見だけに興味を持ったのであった。最初の理由は判らない。自分の中にある感情と似たようなものを感じたのだろうか?
そして、予期せぬ人を見ることになる。寒河葵であった。
葵は、柊が《当麻》を継いだ年に生まれていた。菁が死んでから、9年経って菁の妹は生まれたのであった。菁が死んですぐに寒河家は引っ越していたから、柊はその行く先を知ることがなかった。菁には興味を覚えたが、寒河家には関心を示さなかったため、調べることをしなかった、ということであった。柊が《当麻》を継いで、そして、当麻家を調べて初めて、寒河家の行く先を知ったのであった。
「まさか、こんな形で、再び寒河家にお目に掛かるとは思いませんでしたね」
柊は一人呟いていた。まさに、青天の霹靂とでもいうのであろうか。
「菁さんの妹が、諸見さんの許嫁ですか……」
柊の目の前に、半透明の球体が浮かんでいる。そこにいるのは、諸見と葵であった。諸見は、柊より3歳下の14歳、葵は1歳であった。許嫁同士、というより、年の離れた妹の面倒を見ている兄、という風景であった。
「なるほどね」
柊は無意識のうちに、その左耳のピアスをもてあそんでいた。
「菁さん、あなたはそこにいるのですね。私には判ります。あなたの妹は、あなたにそっくりに育つでしょう。たぶん、あなたの遺志を継いで……。きっと、あなたは会いたかった人に会えたのでしょう。私に会った菁さんは、生まれてきた場所と、生まれた時間を間違えたのですね。それとも、あなたは私に会いたかったのですか」
半透明の球体の側に、菁の姿が浮かぶ。9歳で死んだはずの菁の、19歳に育った姿であった。
「見守りましょう。あなたの妹が、何故当麻家に近づいたのか、それを知ることが出来るまで。それを知った後のことは、その時決めることにしましょう。あなたがこの世からいなくなった時、私はずいぶん哀しかったのですよ。それをあなたは知らなかったでしょう。槐とともに、あなたのそれからの行動を楽しみにしていましたのに。槐の夢の中にあなたが現れてから……。菁さん、寒河家は今まで、全く当麻家と関わりを持ったことがありませんでした。なのに12代は、13代たる諸見さんの許嫁に寒河家を決めた。それには、きっと裏があるのでしょうね。楽しみですよ、あなたの妹がどのような行動をとるのか。当麻家を滅ぼしますか? それも面白いですね」
菁は柊が覚えている微笑みで、彼を見つめていた。柊も微笑んで見つめていた。
当麻家を滅ぼしますか? その言葉を、意識して柊は吐いたわけではない。それが正しかったと言えるのは、今は亡き人と亡き人にそれを託された人であった。柊は僅かにその可能性を見いだしていたが、それはまだ、胸の奥底に埋もれていた。
菁の姿と半透明の球体がすうっと消えて、柊は部屋の中に一人で座っていた。
紫紺の稲妻が、空を走った。その色に、菁の瞳を思い出して柊は目を閉じた。
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