カチャカチャと音がして、楓がワゴンを押して入ってきた。 「紅茶でよろしかったかしら」 「ありがとう、楓さん。あら、この香りはアールグレイね」 菁の言葉に楓も微笑んだ。そして、柊のいないことに気づいて、 「柊さんはどうしたのかしら」 と言った。 「楓さんを捜しにいかれましたわ。ごめんなさいね、楓さん。私、あなたに招待されましたのに、あなたを除け者にしてしまって。反省していますわ」 楓は菁の前にカップを置きながら首を振った。 「いいえ、気にしていませんわ。菁さん、柊さんをお気に入りまして? 私、お二人はお似合いだと思いますけど」 そう言ってクスッと楓は笑った。菁も微笑んで、カップを持ち上げた。 「ええ、年下とは思えないほど、しっかりしていますね。私の好みかもしれませんわ」 二人はクスクスと笑いだした。そこに、柊が入ってきた。 「ああ、姉さん、戻られていたのですか。すみません、除け者にしてしまって。そんなつもりではなかったのですが……。では、私は槐とでも遊んでいます。菁さん、ごゆっくり」 柊は二人に頭を下げると出ていった。 「柊さんは、あなたを気に入ったのかしら。ねえ、菁さん」 楓の言葉に菁は何も言わなかった。楓もその後は、その話を切りださなかった。 やがて、時が過ぎて、夕方になった。 「それでは、失礼しますわね、楓さん。今度は、私が寒河家に招待いたしますわ。あ、柊さんにもお別れの挨拶をしなければなりませんね。どちらにいらっしゃいますか」 菁は、玄関まで行ったところでそう言った。楓は、 「柊さんは、たぶん、槐さんと一緒ですわ。こちらです」 と言って菁を促した。菁は楓について再び奥に戻った。 一つのドアを楓はノックした。すぐにカチャとドアが開いた。 「楓姉さん」 顔を覗かせたのは、柊とは違う男の子だった。楓は菁を振り向いて、 「槐さんですわ」 と言った。柊が槐の横から顔を出して、 「菁さん、お帰りですか。夕食をご一緒出来ると思っていたのですが、残念ですね。今度は私がご招待しますよ。私の料理の腕を見てもらいたいですからね」 と言った。 「まあ、それは楽しみですわ。では、今日は失礼します。柊さん、槐さん、ごきげんよう」 槐がバイバイというように、手を振った。その頭を菁がそっと撫でて、楓とともに去っていった。 二人が見えなくなると、槐が柊を振り返った。 「柊兄さん、楓姉さんの友人とは思えない方ですね」 槐はそう言って冷たく笑った。 「本当に……」 柊も笑ったが、それは冷たいものではなかった。 ただ、二人が同じように感じたのは確かであった。それを表に出す時に、槐は冷たいものになるし、柊は温かいものになるだけのことであった。 「柊兄さん、あの人は誰でしょうね」 槐はそう言って柊の瞳を見つめた。柊もそれを受けながら、 「槐、お前は何か感じたのですか」 と言った。槐は肩を竦めて何も言わなかった。 「私は、彼女は私たちにどこかで関係していると思います。それが何かは判りませんし、彼女自身も知らないことなのかもしれませんが。私たちは会うべくして会ったと思います。槐、昨日、父さんが話したことと、今日、彼女が来たことと、関係があると考えるのは、疑り過ぎですか?」 柊の指が槐の髪をそっと撫でていた。 「柊兄さん、僕たちはまだ子供ですよ。将来、誰が父さんを継ぐかなどということは、今の《力》など関係ないのではありませんか。まあ、楓姉さんが継げないことは、確かなことでしょうけどね。だから楓姉さんは、友人をここに連れてきたのでしょう。まあ、楓姉さんだけが友人と思っているかもしれませんけどね。ただ楓姉さんは、たぶん、残された僅かな時間を普通の人間として生きようとしているのでしょうね。当麻傍系としてではなく……。柊兄さん、あなたはどうなのですか」 4歳と7歳の男の子の話とは、聞いているだけでは判るまい。彼らは、確かに見た目は子供であるが、当麻傍系なのだ。普通の子供としては生きてはいなかった。 「私はお前が継ぐべきだと、思います。《当麻》は、《力》を持つ者が継ぐべきです」 槐が柊に再び冷たい笑いを見せた。 「僕が継ぐべきだと思うのですか。つまり、柊兄さんは、僕に殺されてもいいと言うのですか。僕に《当麻》の宿命を継げと言うのですか」 柊は何も答えられなかった。何を言ったらいいのか判らなかった。 「柊兄さん、僕に、『えんじゅ』を名乗らせたいのですか」 「槐……」 柊は思わず顔色を変えていた。それを菁に言われそうになった時、とっさに菁の口を押さえてしまったのは、何故だったのか。柊はそれを思い出していた。 「柊兄さん、僕たちは、まだ4歳と7歳の子供ですよ。それを忘れないでください。ただ、寒河菁さん、彼女には気をつけたほうがいいかもしれませんね。きっと、柊兄さんの勘は当たってますよ。彼女は、僕たちに会うために、楓姉さんの友人になったのです。もしかすると僕たちではなく、当麻に会いたかったのかもしれませんけどね」 「当麻? 《当麻》ではなく?」 槐は頷いた。 「でも、判りませんよ。ただね、柊兄さん、当麻が何百年とその地位を保ってきたのは、僕たち当麻傍系の《力》と、そして、その犠牲になった人々のお蔭なのですから。そうでしょう」 柊は槐の言葉に笑みを零した。 「槐。とすると、これから面白くなるでしょうね」 槐は柊の指に髪をもてあそばれながら、冷たく微笑んだ。 二人の会話はそこで終わった。だが、二人の頭の中ではまだ考えが巡っていた。 (寒河菁は、確かに夢の中に出てきた少女だ) 二人の考えは、全く一緒であった。 (会うべくして、会う……。それはいったい、誰に対してなのか) 二人は、これから先の菁の行動を楽しみにしていたが、それは予期せぬ事態によって奪われてしまった。
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