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そして、同じ頃。
堂士はこの前芳宜と出会った場所に立っていた。隣には菖蒲の姿もあった。
心葉と檜香華には、ただ出掛けて来るとしか言っていなかった。だが、心葉にはそれが最後の別れになるかもしれないことが判っていたのかもしれない、そう堂士は頭の片隅で思った。
今日は綾歌とも誰とも約束してはいなかった。だが堂士は確信していた。芳宜が必ず現れるであろうことを。そして、それは現実になった。
「菖蒲、私はいつも一緒だよ」
車が近づいてくると、堂士は菖蒲に笑いかけた。
二人の側に車はゆっくりと止まった。芳宜が運転席で堂士に頷く。堂士は後部ドアを開けると、菖蒲を促した。菖蒲が乗ると、堂士も中に入りドアを閉めた。すぐに芳宜は車を発進させた。
「芳宜さん、妹の菖蒲です」
堂士の言葉に合わせるように、菖蒲が頭を下げた。
「初めまして、当麻芳宜です」
芳宜が少し後ろを見て、頭を下げた。
ずっと三人とも無言であった。
誰もこの道行を不思議に思わなかったし、ここに三人揃っている意味を、誰も口に出そうとは思わなかった。少なくとも、堂士と菖蒲の二人には、これから起こる現実を予知出来た。だが、果して芳宜はどうであっただろう。
堂士は、芳宜のことを諸見が出ていったために、名前だけの13代になってしまっただけの人と思っていた。だから、堂士は当麻家の門が見えた時、芳宜に車を止めるように言った。
「芳宜さん、私たちをここで下ろして、あなたは寒河家へ行ってください」
芳宜はハッと堂士のほうに向き直った。
「何も聞かないでください。私は、あなたを気に入っているのです」
堂士の真剣な表情に、芳宜は少し顔色を変えた。
「あの、堂士さん、あなたは、いったいどなたなのですか。今から何が起こるのです。あなたは何をするつもりなのですか」
堂士は首を振った。
「成すべきことが終わったら、あなたにはすべてお話ししましょう。ですから、今は何も言えません」
そう言って、堂士はそれ以上の質問を拒んだ。堂士は菖蒲を促すと、車から下りた。芳宜が窓ガラスを開ける。
「堂士さん、約束してくださいね。絶対にお話ししてくださると」
堂士が笑って手を振った。
芳宜は窓ガラスを閉めながら、車を発進させた。芳宜には判っていたのだ。堂士にとって、当麻家が死地になることが。そして、その相手は当麻家自身であることも……。
その点では、芳宜はやはり当麻家の血が流れていたのだ。いや、すべてが判っているわけではない。だが芳宜は堂士が約束を守ることを信じていた。
(堂士さんは、私を助けようとしているのだ)
そのことに気づいて芳宜は身震いをした。これから起こる現実が、どれだけ凄惨なものか想像出来るような気がしてきた。
父や香散見、あるいは堂士や菖蒲の姿を見るのは、もしかしたら最後かもしれない。そう思いついて、芳宜はもう一度身震いをした。芳宜は一つ深呼吸をすると、寒河家へと車を走らせた。
堂士は車を見送ると、菖蒲とともに当麻家に足を踏み入れた。二人が向かったのは、応接室であった。それは正解だったようだ。求める人物はそこにいた。
「やはり、来たか。当麻堂士といったな。その女性はどなたじゃ」
粃の目が舐めるような視線で菖蒲に向いていた。その視線から菖蒲を守るように、堂士は口を開いた。
「改めて自己紹介いたしましょうか。私の名は、当麻鳶尾、23歳。そして妹の菖蒲、19歳です」
粃の表情が愕然としたものに変わった。香散見の顔色も変わる。
「当麻……だと」
粃が呟いた。
「ええ、そうです」
堂士が笑いを浮かべて言った。菖蒲がそっと堂士に寄り添った。
「諸見の子供か」
粃はかすれた声で呟くように言った。
「ええ。私たちは、当麻諸見の子供です。つまり、あなたの孫というわけですね。私たちには、どうでもいいことですが……」
粃は呆然と堂士を見つめていた。
「それで判りましたわ。何故、当麻家に関係のない人間に、あのような《力》があるのか、不思議に思っておりました。諸見お兄様の子供なら、当たり前ですわね。ねえ、お父様」
香散見は無表情だが、得心いったような声で言った。
「あなたは、私たちの正体を知らぬままに、私たちの生活に干渉してきました。私たちはずっと幸せだったのです。それを邪魔しない限り、私は何もしないですんだのです。私は両親があなたに殺されたことを知っていたのですよ。そしてそれを恨んではいなかったのです。私は誰であっても、この手にかけることをしたくありませんでした。私は父と同じように、この《力》を忌んでいますから。それなのに、あえてジグゾーパズルのピースを嵌め込んだのはあなたのほうです、お祖父様」
堂士は淡々と語っていた。
「お祖父様、当麻家の系図の長さは、流した血の量に比例しましょう。その根源を絶つために、私はここに来たのです。もはや、当麻家は必要ありません。悪しき当麻の血は絶えるべきなのです」
堂士の腕に菖蒲が腕を絡めた。
「悪しき当麻の血か……。その血をお前たちも流しているのだぞ。お前たちは、自分自身をも消そうと言うのか」
粃の言葉に堂士は、
「ええ、そうです。私は自分自身をも消してしまいたいのです。両親から受け継いだこの命を誇りに思っていますが、当麻の血が流れていることだけは、私には許せないのです」
ときっぱりと言った。うろたえるであろうと思っていた粃は、堂士の態度が気に入らなかった。粃は歪んだ笑いを浮かべた。
「グフフ……。当麻に勝とうと言うのか。当麻でない者が、当麻に勝てるわけはない。わしは、未だ当麻12代なのじゃ」
堂士は、哀しげな微笑みを浮かべて粃を見つめた。
「お祖父様は、父に期待したのでしょう。当麻13代を継ぐ者として。父は期待に応えあなたは禁を侵したのです」
粃は、うん、と考え込んだ。堂士の言葉が理解出来なかったようだ。
「当麻の記憶は、先代が死んだ時にしか、受け継がれないはずですね」
粃の顔からみるみるうちに色が失われた。堂士は相変わらず哀しげな表情をしていた。
「あなたは父に期待し過ぎ、13代を継ぐ前の諸見に当麻の記憶を受け継がせました。それは、確かに全てではなかったにしろ、諸見が当麻の記憶を継いだことには変わりありません」
堂士は少しの間、目を閉じていた。そして再び目を開けた。
「知らなかったでしょう。きっと当麻家の人々には考えもつかなかったと思います。私はいないはずの人間ですし、あなたは父に記憶を受け継がせたことを深く考えなかったでしょうから……。当麻13代に一番近いのは、実はこの私なのです。父から当麻の記憶を受け継いだ私は、父の代わりに当麻家と当麻13代を継ぐべき道も受け取りました」
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