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湖の側に、その男は立っていた。野村康裕であった。
彼は、氷の写真家と呼ばれていた。氷や雪の写真ばかりを撮り続けていた。だが、ここ北海道といっても、まだ冬は遠かった。なのに、康裕は何故かそこにいた。
堂士と別れたのは2日前のことであった。そして、康裕は、その記憶を取り戻してはいなかった。
康裕は惹かれるようにここに来ていた。何故か来なければならない、と思ったのだ。
湖は、ただ静かにそこにあった。水面を渡る風が、僅かに小波を立てさせていた。康裕は見動ぎもせずに水面を見つめ続けていた。自然に涙が溢れてくる。だが、心は乾いていた。
その初秋の美しい風景が、自分の心の乾きを潤してくれるのを待ち続けていた。康裕はそれをいつまでも待ち続けていた。
初秋にしては肌寒い北国の風が、その体を揺らしていた。
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