当麻家。
 その部屋の前に香散見はしばらく立ち続けていた。綾歌の部屋の前である。その場所は知っていたが、その扉の中を覗いたことがなかった。
 やがて香散見は扉をノックした。
「どうぞ、香散見殿」
 中からの声に、香散見はノブに手を掛けた。
(やっと、綾歌に会えるのですね)
 香散見は扉を開いた。薄暗い部屋の中に、淡いスタンドの光がボウッと広がっていた。スタンドの横に綾歌を見つけると、香散見はそのほうへ歩き出した。
「ようこそ、香散見殿。わしが当麻家の夢見、綾歌じゃ」
 香散見は綾歌の側の椅子に座った。
「あなたが、綾歌なのですか……」
 と言ったまま、香散見はジッと綾歌を見つめた。
「それで、何か用かな」
 綾歌の言葉に、ハッとして香散見は考え込んだ。
「そう言えば……別に、用があったわけではありません。お父様が会ってもよい、と言われたので、早くあなたに会ってみたかっただけですから……」
 綾歌は香散見を閉じた目のまま、ジッと見つめた。
「香散見殿、今日会った若者は、気に入ったかな」
 香散見は堂士を思い出して、うっとりとした。
「ええ……。本当に、美しい方でしたわ。味方に出来ないのが残念です。あの姿のままで側に置いておきたいですわ。綾歌、あの方はいったい何者なのですか。今日はその《力》を見せていただけなかったけれど、相手にするふさわしい《力》の持ち主のようです。ああ、思い出しても溜め息が出ます。あの方と戦わなければならないとは、なんて哀しいのでしょうか」
 香散見はそう言いつつも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
 戦いを好む当麻家の、その血をもっとも濃く受け継いだような気性の香散見であった。
「香散見殿、お主はもっとも当麻と呼ぶにふさわしい方じゃな」
 綾歌の言葉を褒め言葉と受け取って、香散見は艶然と笑った。だが、綾歌は全く表情を変えなかった。
「直接会ってはおらぬわしには、その人物が誰かということは判らぬな。会っても判らぬかもしれぬ。もう一度、彼はここに来るであろう。その時、当麻家が消滅するかどうかの瀬戸際に立つことになろう。これだけはわしにも判る」
 香散見は笑って綾歌を見つめた。
「香散見殿、その時に、粃殿の後ろにいることじゃな」
「え?」
 香散見は聞き返したが、綾歌は口を開かなかった。
「綾歌、それは私に対する忠告ということなのですね。では、覚えておきましょう」
 香散見はそう言って立ち上がった。
「あなたは」
 と香散見は言いかけたが、その続きを口にすることなく、部屋を出ていった。
「忠告を覚えておきなさい」
 一人になった綾歌が低く呟いた。
 綾歌が香散見に会ったのはもちろん初めてだったが、香散見のことは生まれた時から知っていた。そして、その未来までも……。それを言うことは出来ない綾歌であった。
 未来はそれでなくとも不安定なのだから。
「すべては、もうすぐ終わるのじゃ」
 綾歌の呟きが低く低く響いた。


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