やがて、堂士の腕の中で菖蒲が小さな寝息をたてていた。堂士は《力》がみなぎるのと同時に、先程芽吹いた芽が、伸び続けるのを感じた。
(お父さん、お母さん、私は、取り返しのつかないことをしたのでしょうか)
 堂士にとって菖蒲は触媒なのだ。菖蒲によって堂士の半減された《力》をよみがえらせる。
 当麻だけではない。その《力》を持っている、あるいは、因子を持っている者同士は、結ばれることによってお互いに触媒に成り得るのだ。
 堂士の場合は、菖蒲と結ばれることによって、彼の本来の《力》を取り戻すことが出来る。だがそれを選ぶことは、堂士にとって忌避すべきことであった。
 堂士は菖蒲を愛していた。妹であると判っていたが愛していた。だからこそ、菖蒲を巻き込みたくなかった。封印を解いてしまえば菖蒲がとるだろう行動が、堂士には手に取るように判っていた。そして、菖蒲はその通りの言動をし、堂士はそれに応えるしかなかった。菖蒲と結ばれたこと自体は、悩むことは出来なかった。それ以上に、堂士にとって心配事があったからだ。
(菖蒲に《力》を使わせてはならない)
 それは、堂士の一番の気掛かりであった。何故なら、実は菖蒲の《力》のほうは堂士よりも強いからであった。もちろん、菖蒲自身はそれを知らない。だが、菖蒲の体自体はその《力》を使いこなせるほどの体力がなかった。つまり、菖蒲は《力》を使ったが最後、消滅してしまうのであった。
(絶対に、菖蒲を守ってみせる)
 それは堂士にとって、誓うというより、願う気持ちのほうが強かった。


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