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再び、康裕の車の中。
「野村さん、お元気で」
堂士は他の言葉をかけようとしたが、出てきたのはその言葉だった。他には思いつかなかった。康裕がサングラスをかけた顔を堂士のほうへ向けた。
「堂士君、二度と会えないのだろうね」
会えない、のではなく、会わないのだ、ということに二人とも気づいていた。
ハッと堂士は内ポケットに手を入れた。
「野村さん、これはあなたにお渡ししておきましょう」
そう言って、堂士はそれを康裕に手渡した。
「これは……」
と康裕がそれを凝視した。それは、19年前に、あの日の朝に撮られた写真であった。堂士たち四人と、康裕と朱美が一緒に写っている写真であった。
「無事だったのか」
康裕の目がみるみるうちに涙で溢れた。
「でも、これには、君の家族が写っている。君が持つべきじゃないのか」
「いいえ」
と堂士は首を振った。
「私には、家族だけで写った写真があります。あなた方と一緒の写真を持っていると辛くなるのです。それとも、ご迷惑だったでしょうか」
康裕はなおも写真を見つめていた。
「いや」
そう言って、康裕は写真をポケットにしまった。それを堂士はジッと見ていた。
康裕に言った言葉は、真実であった。堂士は、その写真を見るたびに、二人の間に立っている自分を見るたびに、自責してしまっていた。己のせいでないことは判っていても、しかし、己に関係していることには違いなかった。康裕がその写真を受け取ってくれたことで、そのことを少し思い出さずにすむことが助かった。忘れるはずはないのだが、少しでも罪を贖ったような気がしたのだ。
康裕の差し出す手に、堂士は手を差し延べかけて止めた。そして、
「野村さん」
と堂士は言って右手を康裕の額に向けた時、また、その手を止めた。
「堂士君」
康裕の余りにも哀しげなその表情に、堂士はすぐには次の行動を起こせなかった。
「言ったはずだよ、私は、何度でも思い出すと……」
堂士は首を振った。
「野村さん、それでも、私はやらなければなりません。あなたが思い出す前に、私は当麻を消滅させるでしょう」
堂士の右手から白い光が康裕に向かった。康裕は崩れるように気を失った。その体をシートにもたれさせて、堂士は頭を下げた。
「すみません、本当にすみません。野村さん、私にはこの言葉しかありません。今度、あなたが記憶を取り戻したとしても、あなたの恨み言を私は聞けないでしょう」
堂士は、康裕の右手をギュッと握った。その手をそっと膝の上に戻した時、康裕のポケットからハラリと写真が落ちた。
堂士はしばらくそれを見つめ続けた。もしかするとその写真を持っていることで、康裕に記憶が戻るかもしれない、それならいっそ、と堂士は写真を手に取った。
だが、堂士は写真を康裕のポケットにしまった。
堂士は康裕の車から下りた。そして、そのまま遠去かる。
そして、それが二人が会った二度目の出会いの別れであり、最後の別れでもあった。
(そういえば、野村さんには本名を言っていなかった)
ふと、堂士はそんなことを思った。そしてそれは、そのまま思考の彼方に流れ去った。
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