◆
当麻家の応接室。
「お父様、では、綾歌は邑楽家の者なのですか」
粃はずっと香散見の髪をもてあそんでいた。
「綾歌は、17代邑楽の姉にあたる……。まあしかし綾歌はそれを知らぬであろう。御母衣家の冬野もそれには気づくまい。綾歌は当麻家の夢見なのじゃ。生まれた時からな」
香散見は粃に詰め寄った。
「お父様、私を綾歌に会わせていただけないのは何故です。今日こそその理由を教えてください」
粃は手を止めた。
「香散見、お前は諸見をあまり覚えてはおるまい」
「諸見お兄様を……ですか。あれは私が4歳の時でしたから……」
香散見は粃が自分から諸見の話をし始めたのに驚いた。
「わしは、諸見に期待し、あいつもそれに応えた。諸見が跡継ぎであることを、わしは誇りに思い、わしは12代を退いて、楽隠居を決め込もうと思っていた。だから、綾歌のところにも出入りさせたのだ。いや、綾歌に会わせていたから、出ていったわけではないのは、よく判っておる。だが、わしは、お前にまで当麻家を捨てさせるわけにはいかないのだ。だから、少しでも諸見と違う環境にしようと思ってな……」
粃は自分の手に絡めてきた香散見の手を握り締めた。そして右手を香散見のドレスの胸元から忍び込ませた。
「お父様……」
香散見は粃のなすがままに任せていたが、粃がいつもより弱々しいのに気づいた。
「綾歌に言われた。お前を会わせないのは、諸見と重ねているためか、とな」
粃の舌が香散見の首筋を這った。
「そうかもしれぬ。わしは、お前を失いたくないのだ」
粃の右手が香散見の乳房を掴んだ。香散見がにっこり笑って、服の上から粃の手に触った。
「お父様、心配には及びませんわ。私はいつまでもお父様の側におりますわよ」
香散見がその唇を粃の唇に合わせた。
「香散見……」
粃は香散見の妖しい笑いに気持ちが軽くなった。
「綾歌にはいつでも会うがよい。当麻家の夢見にな」
いつもの口調に戻って、粃は香散見と再び唇を合わせた。
←戻る・続く→