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雪の中に、その家の残骸さえなかった。ただ、その家があったはずの場所には、4歳の男の子とそれに抱かれている赤ん坊の姿があった。赤ん坊はすやすやと眠っていたが、男の子の顔には疲労がこびりついていた。 ふいに、堂士は顔を上げた。ギュッと腕の中の菖蒲を抱き締める。 車のエンジンがゆっくりと近づいてきていた。そして、二人の側で止まった。 「いったい……」 車の中から出てきた康裕が、呆然と呟いた。堂士が菖蒲を抱えたままその前に立った。 「野村さん、すみません」 堂士が4歳とは思えない口調で言った。康裕の目が堂士に向いた。 「私の《力》が今は残り少ないので、記憶を少しの間封じることしか出来ませんが」 と言いつつ、堂士の指先が康裕の額に向いた。何か、と思う前に、康裕の記憶は半濁の渦の中に落ち込んでいった。
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