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当麻家の応接室。
堂士がするりと抜け出した。ハッと気づいた香散見が追いかけようとすると、粃が、
「香散見、待て」
と引き止めた。
「お父様」
香散見が不審げに父親を見る。
「待て待て。奴はまた招待すればよい。またきっと訪れる。それに二兎を追うものは一兎も得ずじゃ」
「え」
香散見が粃の言葉を上手く飲み込めずに不思議そうな顔をする。
「御母衣家の冬野を忘れてはおるまいな。綾歌のところに行かせたが、綾歌は夢見だけの女。逃げようと思えば、綾歌を殺してでも逃げることが出来る」
粃の言葉に香散見は顔色を変えた。
「お父様、そうなることもあり得る、と知った上で、御母衣家の冬野様を綾歌に会わせたのですか」
「そう怒るでない、大丈夫じゃ。綾歌の話は長いであろうからな」
香散見はソファに座って粃を見上げた。
「お父様、綾歌の話とは何です? 御母衣家の冬野様が来ることが判っていたのですか」
粃がその隣に座る。
「御母衣家の冬野は来なければならなかったのだ。御母衣家の冬野は邑楽家の直系、夢見だからの。昔はそうでもなかったが、今では夢見、と言えるものは、邑楽家以外ではおらぬのじゃ」
粃が香散見の髪をもてあそびながら言った。粃の言葉に香散見は驚いた。
「では、綾歌は邑楽家の者……というわけなのですか」
粃の指が香散見の頬を滑る。
「お前には話しておこうかな」
粃が香散見の頬に手を当てたまま呟いた。
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