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冬野の車は芳宜の車をずっと追っていた。
(当麻家に帰るのかしら)
冬野は悩んでいた。62歳であった。もう充分生きた、というほどでもないが、だが生きてきた。もし死ぬとすれば心残りをしたくなかった。
(当麻粃を、せめて、当麻粃だけでも始末したい)
先祖代々、邑楽家と当麻家は確執があると聞いた。そう、冬野には夢見の《力》がある代わりに、邑楽の記憶は継げないのだ。その話は兄に問いただして聞いた。
祥吾は永覚は殺されたのではない、と言っていたが、そんなデマをどこで拾ってきたのだろうか。祥吾は邑楽の名を継いだが、おそらく仇を討とうとはしないだろう。それを冬野は哀しく思っていた。だが封印をしたのは永覚なのだ。冬野には永覚の思いが判った。
(確かにこれは子孫に伝えてはならないのでしょうね、永覚さん。でも、私はどうしてもこの思いを止めることが出来ません。祥吾さんには邑楽家のことに関わるな、と言われましたが、私はどうしても邑楽家の者としての生き方しか出来ないのです。お兄様、永覚さん、あなた方は邑楽を継いで、邑楽の記憶と《力》を継いで、私は夢見を継いで……)
冬野にもしその《力》があれば、彼女の隣に永覚が座っているのを見たであろう。その顔に哀しい表情を浮かべていることも。だが冬野には永覚を見ることが出来なかった。
冬野の目から一筋涙が零れた。
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