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芳宜は、入ってきた堂士を見つめたまま目が離せなかった。堂士は芳宜に向かって頭を下げた。しばらく後に、それに気づいた芳宜は慌てて頭を下げた。
「あなたは、当麻家の方なのですね」
堂士が最初に口を開いた。
「は、はい」
と言って芳宜は、
「私は、当麻粃の次男芳宜です」
と付け加えた。
「そうですか、芳宜さん…とおっしゃるのですか」
堂士はなおも芳宜を見つめていた。
「あの、あなたはどなたなのですか。父が招待したということですが。私は何も聞いていないもので……」
芳宜が、堂士の視線から逃げだしたそうに目を逸らして言った。相手は完全に男なのに、と芳宜は何故か赤くなる頬を恥じていた。
「そうですか、聞いていらっしゃらないのですか」
堂士は前髪を掻き上げた。
「私は当麻堂士といいます。当麻家の御当主に呼ばれたのではなく、綾歌、という夢見の方に呼ばれたのです」
芳宜の顔に不可解な表情が浮かぶ。
「綾歌に?」
「どうかなさいました」
堂士は心配そうに芳宜を見た。芳宜の顔が不安げに見えたのである。
「いいえ、別に」
芳宜が笑みを作って堂士に応えた。
「芳宜さん、綾歌という夢見は何者なのです。これは聞いてはいけないことですか」
堂士がにっこりと微笑んで言った。その温かさに思わず引き込まれそうになって、慌てて芳宜は目を逸らした。
「綾歌は当麻家の夢見。私はこれだけしか知りません。父や香散見なら、あ、妹は香散見と言います。香散見なら知っているでしょうが、私は知らないのです。私は何も教えられていないのです」
堂士は目を逸らしたままの芳宜をジッと見つめていた。
(これが、当麻家の13代ということか。諸見が出ていったために、その枷を負ってしまった……芳宜。父の弟であり、私の叔父であり、当麻13代としての道を父に代わり受け継がなければならなかった人……か。それが表向きのことであれ、この人にとっては、辛いものなのでしょうね。そう、当麻家にとってみれば、お荷物でしかなかった……諸見が出ていかなければ……)
「あなたは」
芳宜が堂士に目を戻した。
「あなたは当麻家に何か関係している方ですか。そうでなければ、綾歌が呼ぶことはないとは思いますが」
堂士は何も言わなかった。頭の中で考え続けていたからだ。
当麻家に行き、おそらく粃に会うであろう。その時自分は名乗るべきかどうか、と。堂士が芳宜に本名を名乗らなかったのは、そのせいなのであった。
「聞いてはならないことだったのでしょうか、これはとすると、聞かなかったことにいたします」
芳宜がすまなそうに頭を下げた。それに堂士が微笑みかけた。
(この人は、新しい当麻家の始祖となってくれるでしょう)
堂士はそう思った。
当麻家に必要なのは、《力》の上に立つ地位ではない。普通の家庭としての、家族としての生活なのだ。それをきっと芳宜だけが出来るだろう、と堂士は確信していた。
「芳宜さん、今、私の正体を明かすわけにはいかないのです。ですが、私はあなたに話したいことがある。どうしてもあなたにだけ……」
芳宜が不思議そうな顔で堂士を見た。
「私にだけ?」
「ええ、今ではありませんが。でも、そう遠いことではないでしょう」
堂士は優しげに微笑んだ。そして、その顔を前に向けて口を噤んだ。
芳宜はそれ以上言葉を口に出来なかった。そして、堂士の言葉にどんな意味が込められているのか、ということにも気づかなかった。それは、自分も含めて、当麻家の全員に降りかかってくることであったのだが……。
そして、確かにそれは、ほんの数日後のことだったのだ。
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