◆◆

「お主は東京に来る。来なければならない」
 堂士の目の前に老婆がいた。堂士は老婆の前に立っている。そして、老婆はただ椅子に座っているだけなのに、堂士は身動きが出来なかった。
「東京へ?」
「お主がいる限り、決着をつけねばならないのじゃ。決着をつけようぞ」
 老婆は椅子を揺らした。ギィーッ、ギィーッと不気味に椅子が鳴り響いた。
「決着とは、何です。あなたは誰なのです」
 老婆は堂士をまっすぐに見た。いや、瞼は閉じていたが、堂士にはその視線を痛いほどに感じられた。
「わしは、当麻家の夢見、綾歌」
「当麻家の夢見?」
 堂士の顔に、チラリと考え深げな表情が浮かんだ。
 綾歌は椅子を揺らすのを止めた。
 表情は判らない。いや、その顔に表情が浮かぶのだろうか、と思えるほどに仮面のようであった。
「わしには、夢見れぬことなぞないはずなのに、お主の正体だけは見れぬ。だが、当麻家の行末を見ると、お主の影がいつも現れる。東京へ来い」
 何故か疲れたような響きを含んで、綾歌は言った。堂士は含み笑いをした。
「綾歌、と言いましたね。私が東京へ行ってもいいのですか。私の正体を知らないままで私を東京へ呼ぶのですか。夢見にはそう出ましたか」
 老婆は首を振った。
「判らぬのじゃ。だが、わしの中の何かがお主を呼べと言っておる。東京へ、来い。来れば、その意味がお互いに判るではないか」
「別に私は、知りたいとは思いませんけどね」
 と堂士は肩を竦めた。
「まあ、いいでしょう。綾歌、己が間違っていたとしても、後悔はしないことですね。私は東京へ行きます」
 堂士がニッと笑った。それに応えるように老婆が目を開く。途端に、堂士はその暗闇に吸い込まれそうになった。


←戻る続く→