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「お兄様、朝ですわよ」
カーテンがザァッと引かれて朝日が入り込んだ。
「夢か」
堂士は起き上がりながら呟いた。この夢を見るのは初めてではない。北海道にいる時から幾度となく見た。
「お兄様、どうかなさいました?」
菖蒲が兄の顔を心配そうに覗き込んだ。堂士はその頬をそっと撫でて、
「いいえ、お前の麗しの顔容に起こされるのは幸せだな、と思っていただけです」
と微笑んだ。
「まあ、嫌なお兄様。ご自分のほうがどれだけ美しいかご存知でしょうに。檜香華お姉様ともお話ししていたのですよ」
菖蒲は少しはにかんで言った。菖蒲の肌は抜けるような白さであった。鶸色の大きめのシャツに鶯色のジーパンを履いていた。それは檜香華の服であった。昨日、迎えにきた時の服装もそうであったが、檜香華の美しさは少し少年っぽいところに表されていた。そして、菖蒲はどのような服装でもその美しさを損なうことはなかった。
「そのように男の子っぽい恰好のほうが、菖蒲の美しさを引き立たせるのですね」
堂士は菖蒲を引き寄せた。軽く二人の唇が重なった。
「お兄様、伯母様たちが朝食の用意をして待っていらっしゃいますわ」
菖蒲はそう言って部屋を出ていった。その後ろ姿を堂士はしばらく見つめていた。
(菖蒲だけは絶対に守ってみせる)
堂士は自分の容貌には全く関心を示さなかった。だが、菖蒲の美しさは何をおいても大切にしていた。菖蒲を傷つけるのが誰であっても、堂士は許さなかっただろう。それは、両親との約束でもあり、堂士自身の生きている価値でもあった。そう、堂士は菖蒲のためだけに、その人生を過ごそうと誓っていたのだ。
蝉の鳴き声が響いていた。
残暑の厳しい一日が、始まっていた。
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